管理への移行
師姉の家の居間は、相変わらず妙に落ち着かなかった。
宝貝が無造作に置かれ、符と生活用品が同じ棚に並んでいる。
——だが、結界は完璧だ。
物理的にも、霊的にも。ここは、外界から切り離されている。
「いやあ〜」
天羅萃華は、やけに上機嫌だった。
「最近さぁ、恒一と話す時間増えてない?」
肘をついて、にやにやと笑う。
「距離、近くない?師姉、嬉しいんだけど」
「……必要な連絡です」
恒一は、淡々と返す。
だが、否定はしない。
萃華はそれだけで満足そうに、「よし」と小さく頷いた。
「で」
湯呑みを手に取り、何でもない調子で続ける。
「穂乃香ちゃんからも、だいたい聞いてる」
「話、早くて助かるわぁ」
その瞬間。
空気が、わずかに締まった。
萃華は、湯呑みを置きながら言う。
「……来たね」
声音は軽い。だが、目は笑っていない。
恒一は、短く頷いた。
「はい」
「視線の質が変わりました」
「穂乃香が、
“変だ”と判断しています」
萃華は、その言葉に小さく息を吐く。
「それは正解」
指先で机を軽く叩く。
「見鬼がそう感じたなら、もう偶然じゃない」
視線が、穂乃香へ向く。
一瞬だけ。
ふざけた色が消え、真剣な光が宿る。
「怖かったでしょ」
穂乃香は、小さく頷いた。
「……はい」
その様子を確認してから、萃華は再び軽口に戻る。
「まったくさぁ」
「女の子なんだから、
心も繊細なのよ?」
自分を棚に上げて、堂々と言い放つ。
「ちゃんと守ってあげなよ〜」
「恒一」
恒一は、わずかに眉を下げた。
「……守っています」
「うん」
即答。
「それは分かってる」
萃華は、少しだけ声を落とす。
「だから今は、“線の引き直し”よね」
恒一は、静かに説明した。
「これまでは観察」
「今後は管理」
「穂乃香への接触、または意図的な追跡があれば、即時介入します」
萃華は、満足そうに笑った。
「妥当」
「さすが、私の弟弟子」
そして、どこか楽しげに付け加える。
「ま、その子が美少女なのも災難よねぇ」
「好みだし」
恒一は、ただ無言で茶を啜った。
夜・・・亮の部屋
亮の部屋は、散らかっていた。
制服は脱ぎ捨てられ、机の上には未開封の教科書。
鏡に映る自分の顔を、亮はぼんやりと見ていた。
——白目が、濁っていないか。
少し、血走っている。
「……寝不足か」
それだけで、済ませる。
実際、眠れていなかった。
目を閉じると、あの背中が浮かぶ。
立花恒一。
そして、その横にいる少女。
秋月穂乃香。
「……」
胸の奥が、じくじくと熱を持つ。
敵わない。
それは、分かっている。
だから。
思考は、自然と別の方向へ向かう。
あの女を。
恒一の目の前で。
想像は、具体的になる前で止まる。
それだけで、心が落ち着く。
——いい。
——それでいい。
声は、聞こえない。
だが、そう思えること自体が、“許可”だった。
亮は、ベッドに倒れ込む。
天井を見つめながら、口元が、ゆっくりと歪んだ。
「……俺は、悪くない」
その言葉に、疑問は浮かばない。
影の中で。
魍魎は、静かに、深く。
思考の奥へ、根を張り続けていた。




