根を下ろすもの
学校から少し離れた裏道。
亮は、人気のない場所で立ち止まった。
人通りはない。
だから、遠慮はいらない。
「……っ」
蹴り飛ばした空き缶が、甲高い音を立てて転がる。
足りない。
苛立ちは、それだけでは収まらなかった。
壁に拳を叩きつける。
思ったより硬く、鈍い痛みが走る。
思わず顔を歪めたが、すぐに歯を食いしばる。
——くそ。
脳裏に浮かぶのは、朝の光景だった。
人混みの中。
自分の視線。
そして——遮るように立った、立花恒一の背中。
(……見もしなかった)
睨み返しもしない。
挑発もしない。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
「……ふざけんな」
小さく、吐き捨てる。
無視されることが、こんなにも腹立たしいとは思わなかった。
その瞬間。
脳裏に、一人の少女の姿が浮かぶ。
秋月穂乃香。
特別な顔立ちじゃない。
派手でもない。
正直、好みというわけでもなかった。
だが。
(……あいつの、そばにいる)
それだけで、意味が変わる。
立花の所有物。
守られている側。
奪われたら、壊されたら、どんな顔をするのか。
想像が、疼くような悦びに変わる。
——あいつの目の前で。
——取り返しのつかないところまで。
そこまで考えて、亮は息を吐いた。
「……」
笑っていることに、自分で気づく。
理由は、分からない。
ただ。
さっきまでの苛立ちが、形を変えて、落ち着いている。
——おかしくない。
——当然だ。
——あいつが悪い。
そう思うことに、疑問は浮かばなかった。
背後で、何かが“馴染む”。
音はない。
気配もない。
ただ、同じ思考が、少しだけ戻りやすくなった。
同じ想像が、少しだけ甘くなった。
魍魎は、まだ語らない。
囁かない。
ただ、根を下ろす。
怒りが冷めないように。
正当化が剥がれないように。
ゆっくりと。
確実に。
亮は、もう一度、空き缶を蹴った。
今度は、痛みも、違和感もない。
ただ、胸の奥に残るのは——
「……次は」
低く、それだけを呟く。
その言葉が、誰に向けられたものなのか。
本人ですら、考えなかった。




