見えてしまうもの
最近、夜が怖い。
理由は分からない。
ただ、そう感じる。
帰り道。
街灯の下を歩いていると、視線が一つ多い気がする。誰かがいるわけじゃない。足音もない。でも、空気が重くなる瞬間がある。
――気のせい。
そう言い聞かせて、何度もやり過ごしてきた。
だけど、今日は違った。
角を曲がった先、少し離れた場所に、人影が見えた。
小柄で、コートを着た少年。年齢は……たぶん、同じくらい。
なのに。
胸の奥が、ざわりと揺れた。
怖い、とは違う。
危ない、とも少し違う。
触れてはいけないものが、そこにいる。
そんな感覚。
目を凝らしても、はっきりとは見えない。
輪郭が、わずかに滲んでいる。空気の向こう側に、もう一枚何かが重なっているみたいだった。
私は息を殺した。
少年は、こちらを見ていない。
ただ、何かを確かめるように、足元に視線を落としている。
その瞬間、風が吹いた。
強くもなく、冷たくもない。
でも、確かに流れが変わった。
重かった空気が、すっと軽くなる。
胸の奥のざわつきが、嘘みたいに静まった。
――今の、なに?
少年は何もしていないように見える。
ただ、深く息を吐いて、顔を上げただけだ。
その横顔を見て、私はさらに混乱した。
普通だ。
どう見ても、普通の人。
怖そうでもない。
乱暴そうでもない。
どこか、疲れた大人みたいな目をしているだけ。
なのに、さっきまで、確かに。
見えていた。
いや、「感じていた」。
少年は歩き出し、私の横を通り過ぎる。
すれ違いざま、一瞬だけ視線が合った。
驚いたような顔。
それから、すぐに視線を柔らかく逸らされる。
――見られた。
なぜか、そう思った。
――私が、何かを感じ取ったということを。
それを、責めもしないし、問いもしない。
ただ、気づいた。
少年は角を曲がり、姿を消す。
残された夜道は、さっきまでと何も変わらない。
街灯も、音も、風も。
でも、私の中だけが違っていた。
理由は分からない。
名前も、正体も。
ただ一つだけ、確信に近い感覚が残っている。
――あの人は、
この街にあってはいけないものを、
ちゃんと見ている。
それが、怖かった。
同時に、なぜか少しだけ、安心もしていた。




