表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地仙譚~百年を生きる仙人は現代で怪異を祓う~  作者: taka
第一章 はじまりは、夜に滲む
3/26

用意された行き先

 夜明け前の空は、まだ色を持たなかった。

 港に近い古い倉庫街の一角、灯りを落とした事務所に、人影がある。


 立花恒一が扉を開けると、中にいた男が立ち上がった。

 年齢は三十代半ば。整った服装だが、どこか擦り切れた匂いがする。表に出る人間ではない。


 「来てくれて助かります」


 深くは頭を下げない。

 だが軽くもない。

 距離の取り方を、心得ている。


 「話は?」


 恒一は椅子に腰を下ろさず、そのまま立って問う。


 男は書類を一つ、机の上に置いた。

 正式なものではない。

 だが必要な情報だけは揃っている。


 「日本です。東京」


 地図と、数枚の写真。

 事故現場。

 行方不明者。

 どれも、公には説明がつかない類のものだ。


 「向こうには、表の窓口はありません。

 ……分かっていると思いますが」


 「問題ない」


 恒一は視線を落とさない。

 男の言葉を遮るように、静かに言った。


 説明はいらない。

 この手の仕事に、公式の依頼状など存在しない。


 「拠点は手配済みです」


 男は淡々と続ける。


 「身分、住居、最低限の生活費。

 道具についても、日本で目立たない形で用意します」


 それがどれだけ面倒で、どれだけ危険な段取りか。

 分からない人間ではない。


 「現地での連絡役は?」


 「表には出ません。

 必要な時だけ、こちらから」


 恒一は短く息を吐いた。


 過不足ない。

 過剰な干渉もない。


 「……借りが増えるな」


 独り言のように言うと、男はわずかに笑った。


 「それを返し続けてくれるから、

 こちらも、こうして動ける」


 恩は、覚えている。

 命を拾った夜のことも、逃げ道を作ってもらった過去も。


 だから忘れない。

 そして、使い捨てにしない。


 「いつ発つ?」


 「今日中に」


 男は答え、机の引き出しから小さな封筒を出した。


 中には鍵と、紙切れが一枚。


 「住所です。

 古いですが、周囲の目は少ない」


 恒一は受け取り、内容を確認する。


 「……助かる」


 その一言に、男ははっきりと頭を下げた。



 「師父」


 不意に呼ばれ、恒一は顔を上げる。


 「日本でも、無理はしないでください」



 忠告ではない。

 命令でもない。


 ただ、立場をわきまえた者の、率直な言葉だ。


 「分かっている」


 恒一は答え、踵を返した。


 大陸で積み上げたものは、ここに残る。

 だが役目は、場所を選ばない。


 日本には、日本の歪みがある。

 それを処理する準備は、すでに整っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ