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地仙譚~百年を生きる仙人は現代で怪異を祓う~  作者: taka
第一章 はじまりは、夜に滲む
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大陸の夜

 夜風は乾いていた。

 日本の湿り気を帯びた空気とは違い、砂と土の匂いを含んで肺に入ってくる。街外れの古い建物群は灯りを落とし、遠くの露店の名残だけが赤く燻っていた。


 人は集まっている。

 だが誰も声を張らない。必要な言葉だけが短く交わされ、無駄な動きは一つもない。


 その中に、立花恒一は静かに混じっていた。


 外見だけを見れば、少年だ。

 童顔で、背も高くない。十五、そこいらに見える。

 だが、ここにいる誰一人として、そのことを口にしない。


 彼が足を止めた瞬間、水が引くように道が自然に空いた。


 「――師父(スース)


 低い声が一つ、確かめるように呼ぶ。

 恒一は頷くだけで応えた。


 呼び名に説明はない。

 それで通じる関係が、ここにはある。


 「数が多い」


 男が短く告げる。

 指差す先、建物の奥に、目には映らないが確かな違和感が渦を巻いていた。湿った悪意が絡まり、薄く広がっている。


 「個体は弱い。だが――」


 「分かっている」


 恒一はそれ以上聞かなかった。

 視線を巡らせ、風の流れを読む。


 単体で強くはない。

 だが数が揃い、互いに縋り合っている。

 無理に焼けば、残滓が散る。


 火行(かこう)は、使わない。


 「触るな。退け」


 それだけで、人が動く。

 誰も理由を問わない。

 過去に、問わず従って助かった記憶があるからだ。


 恒一は一歩前に出た。

 足元の土に、わずかな印を刻む。

 深く息を吸い、吐く。


 詠唱は、声に出さない。


 厭魅(えんみ)

 絡み合った意思をほどき、向けられた害意を剥がす。

 続けて厭勝(えんしょう)

 残った穢れを地に伏せ、還す。


 風が、わずかに渦を巻いた。


 空気が軽くなる。

 先ほどまで肌に張り付いていた違和感が、嘘のように薄れていく。


 「……終わりだ」


 その言葉に、誰も安堵の声を上げない。

 ただ、確かに終わったことを理解して、静かに頭を下げた。


 人垣の中から、年配の男が一歩進み出る。

 何年も前、別の街で、家族ごと救われた男だ。


 「師父。今回も……」


 恒一は首を振った。


 「礼はいらない。

 次に、誰かが困っていたら、同じように手を貸せ」


 男は深く頭を下げた。

 それは約束だった。

 金より重く、長く残るもの。


 ふと、恒一の脳裏に、別の声がよぎる。


 ――力は、早く使うものではない。


 師父(しふ)の声だ。

 背中越しに聞いた、あの夜の言葉。


 だから、彼は斬らない。

 焼ける場面でも、還す道を探す。


 恒一は踵を返した。


 「師父、日本は……」


 呼び止める声に、わずかに足を止める。


 「問題ない」


 振り返らずに答えた。


 「俺が行く」


 大陸の夜風が、彼の背を押す。

 次に立つ場所がどこであろうと、やることは変わらない。


 世界が見ないことにしたものを、引き受ける。

 それが、彼の役目だった。


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