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見てはいけないもの

 その日の帰り道。


 立花くんは、いつも通り少し前を歩いていた。


 距離は、一定。

 近すぎず、離れすぎず。


 昨日から続いているこの配置にも、穂乃香は少しずつ慣れてきていた。


 ——大丈夫。


 理由は分からないけれど、そう思える。


 なのに。


 胸の奥が、ざらりとした感触を覚えた。


 「……?」


 足が、無意識に止まる。


 立花くんも、すぐに気づいて振り返った。


 「どうしました」


 声は、落ち着いている。


 穂乃香は、首を振った。


 「……何でも、ないです」


 本当に?


 自分に問いかける。


 でも、その違和感は、確かにそこにあった。


 空気が、重い。


 昨日までの夜道とは、どこか違う。


 住宅街。

 夕方。

 人の気配もある。


 なのに。


 「……ここ」


 気づかないうちに、声に出ていた。


 「この辺り……

 何か、変です」


 立花くんは、周囲を見渡した。


 視線は、地面、建物、人の流れ。


 そして、穂乃香を見る。


 「何が、見えますか」


 ——見える?


 穂乃香は、戸惑った。


 「……何も」


 正直な答えだった。


 形もない。

 影もない。


 でも。


 「……見えないのに」


 言葉を探す。


 「……いる、気がします」


 自分でも、何を言っているのか分からない。


 立花くんは、一瞬だけ目を伏せた。


 「……それは、

 見鬼の反応です」


 静かな声だった。


 「姿を持たないもの。

 まだ、害を成さないもの」


 穂乃香は、息を詰めた。


 「……じゃあ、

 気のせいじゃないんですね」


 「はい」


 即答。


 「ただし」


 付け加える。


 「今は、

 君に向いてはいません」


 その言葉に、少しだけ安堵する。


 でも。


 次の言葉が、それを打ち消した。


 「君は、

 “見えてしまう側”です」


 立花くんは、穂乃香の目を見て言った。


 「だから、

 気づかれやすい」


 背中に、ひやりとしたものが走る。


 ふと。


 視線を感じた。


 誰かが見ている。


 ——いや。


 誰か、ではない。


 何かが、こちらを通して見ている。


 穂乃香は、思わず立花くんの袖を掴んだ。


 小さな動きだった。


 でも、確かに。


 立花くんは、それを振り払わなかった。

 彼女の恐怖の意味を静かに理解し、歩きやすいようにほんの少しだけ歩幅を合わせる。


 「……今日は、

 少し急ぎましょう」


 そう言って、歩調を早める。


 穂乃香も、それに合わせる。


 振り返らない。


 振り返ってはいけないと、本能が告げていた。


 その背後。


 人の感情が滞留する場所で、何かが、静かに脈打っていた。


 まだ、声はない。


 まだ、形もない。


 だが。


 ——見つけられた。


 穂乃香は、理由もなく、そう確信していた。

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