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棲み処
それは、まだ“形”を持たない。
声も、姿も、名もない。
ただ、澱のように在った。
人の感情の隙間。
怒りと否認の間。
魍魎は、そこに棲む。
今宵、一つの器が目に留まった。
若い。
脆い。
だが、折れてはいない。
——まだだ。
囁くには、早い。
恐怖はある。
だが、恐怖だけでは足りない。
必要なのは、正当化。
「お前は間違っていない」
その言葉が、最も甘く響く瞬間を待つ。
魍魎は、亮の背後に“在った”。
触れない。
語りかけない。
ただ、感情の流れを整える。
怒りが冷めないように。
恐怖が逃げないように。
——よい。
——実に、よい。
人は、自分を否定されるより、理解されないことに耐えられない。
魍魎は、その性質をよく知っている。
今は、まだ見守るだけでいい。
熟すまで。
その時が来れば、声は自然と届くだろう。
誰にも気づかれず。
当人にすら、
「自分の声」だと思わせたまま。




