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指導とは何か

 昼休みの終わりが近づいた頃、教室の扉が勢いよく開いた。


 「おい、何があった!」


 担任の田所だった。


 少し息が切れている。

 慌てて走ってきたのは、一目で分かった。


 教室の空気が、一斉に固まる。


 数人の不良が、壁際でそっぽを向いている。


 立花は、自席に座り、昼食を片付けている途中だった。


 机も、椅子も、何一つ倒れていない。


 田所は、一瞬だけ目を瞬かせた。


 「……誰か、殴ったのか?」


 沈黙。


 「殴られてないのか?」


 さらに沈黙。


 田所は、視線を巡らせる。


 不良たちは、どこか不服そうだが、決して立花と目を合わせようとはしない。

 そして全員、鼻血も、痣も、掴み跡すらない。


 「……立花」


 名前を呼ばれ、立花は立ち上がった。


 「はい」


 姿勢が、やけに良い。


 「お前、何かしたのか?」


 少し考えてから、立花は答えた。


 「いえ。

 特には」


 田所の眉が寄る。


 「じゃあ、なんで集まってた?」


 「昼休みでしたので」


 正論だった。


 田所は、頭を抱えたくなった。


 「……じゃあ、

 誰が騒ぎを起こした?」


 不良の一人が、苛立ったように口を開く。


 「……こいつです」


 立花を指さす。


 田所は、立花を見る。


 立花は、首を傾げる。


 「理由が、分かりません」


 嘘ではない。


 田所は、完全に混乱していた。


 「……お前たち」


 不良たちに向き直る。


 「何があったんだ」


 答えは、曖昧だった。


 「……ちょっと、ムカついた」


 「調子乗ってる感じがして」


 「……女と一緒に登校してたし」


 教師は、ため息をひとつ吐いた。


 「立花」


 また呼ぶ。


 「何か言うことは?」


 立花は、ほんの一瞬だけ考え、こう答えた。


 「……若さですね」


 教室が、静まり返る。


 田所は、言葉を失った。


 「……は?」


 「感情が、

 先に出る年頃かと」


 丁寧な口調。


 まるで、第三者の分析だ。


 田所は、こめかみを押さえた。


 「……お前、

 煽ってるのか?」


 「いえ」


 即答。


 「評価です」


 意味が分からない。


 田所は、立花と不良たちを交互に見る。


 どちらにも、処分理由が見当たらない。


 暴力なし。

 被害者なし。

 だが、明らかに空気は荒れている。


 「……とにかく」


 田所は、場を収める方向に切り替えた。


 「昼休みは終わりだ。

 席に戻れ」


 不良たちは、不満そうに散っていく。


 立花は、何事もなかったように着席した。


 少し離れた席で、穂乃香はその様子を見ていた。


 何があったのか、詳しくは分からない。


 でも。


 立花くんが、殴っていないことだけは分かる。


 なのに。


 ——全部、終わってる。


 その事実が、一番不思議だった。


 田所が、「後で話を聞くからな」と意味ありげに言い残して出ていく。


 立花は、小さく頷いただけだった。


 まるで。


 指導される側ではなく、状況を“見送った側”のように。


 穂乃香は、その背中を見つめながら思った。


 ——やっぱり、この人。


 普通じゃない。


 でも。


 その「普通じゃなさ」が、少しずつ、頼もしく感じられてきている自分がいた。

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