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理解できないもの

 放課後。


 職員室の一角、来客用の簡素な机に、立花恒一は座っていた。


 向かいには、担任の田所。


 紙コップの茶を啜りながら、渋い顔をしている。


 説教の構えではない。

 かといって、笑顔でもない。


 ——どう扱えばいいのか分からない。


 そんな顔だった。


 「……状況は、一通り聞いた」


 田所が、ようやく口を開く。


 「絡みに行ったのは、向こうだ。

 お前は手を出していない」


 頷く。


 「殴られてもいない。

 殴ってもいない」


 それも、事実だ。


 田所は、茶を一口飲み、小さく息を吐いた。


 「正直に言うとだな……」


 言葉を選ぶ。


 「叱る理由が、ない」


 立花は、黙って聞いていた。


 田所は続ける。


 「念のため、他の生徒にも聞き取りをした。

 誰に聞いても同じだ」


 視線が、立花に向く。


 「……だから、

 これは指導じゃない」


 確認するような口調だった。


 しばしの沈黙。


 田所は、ふと気になったことを口にする。


 「一つだけ、聞かせてくれ」


 立花は、顔を上げた。


 「それだけ殴りかかられて、

 どうして手を出さなかった?」


 責める響きはない。

 純粋な疑問だった。


 立花は、少しだけ考え——首を傾げた。


 「……不思議でしょうか」


 田所は、思わず頷いた。


 「正直、な」


 立花は、静かに答える。


 「子供の戯れに、

 本気を出すのは大人げないでしょう」


 淡々と。


 当然のことのように。


 田所は、言葉を失った。


 ——子供の戯れ。


 ——大人。


 目の前にいるのは、まだ高校生のはずなのに。


 田所は、また茶を啜る。


 渋い顔のまま、それ以上、何も言えなかった。


 場面は変わる。


 校舎裏。


 人気のない場所で、荒い音が響いた。


 「ふざけんなよ!」


 怒鳴り声と同時に、ゴミ箱が蹴り飛ばされる。


 中身が散らばり、空虚な音を立てた。


 「……クソが」


 亮が、荒い息を吐く。


 「何なんだよ、あいつ……」


 後ろにいた一人が、ぼそりと呟いた。


 「なあ。

 もう、やめないか?」


 その言葉に、一瞬、頭に血が上る。


 「は?」


 「負けを認めろって言うのか?」


 振り返り、怒鳴りつける。


 「あんな奴のこと、

 認める訳ねえだろ!」


 声が、裏返る。


 もう一人が、ためらいながら口を開く。


 「……でもよ」


 「正直、気持ち悪いよ」


 「殴っても、

 全然当たらねえんだぜ?」


 沈黙。


 「睨み返しもしねえ。

 キレもしねえ」


 「……普通じゃねえ」


 二人は、それ以上言わず、背を向けて去っていった。


 取り残された亮は、舌打ちをする。


 「糞が……」


 苛立ちのまま、視線を彷徨わせ——ふと、校舎の方を見て動きを止める。


 そこに、

一人の少女の姿があった。


 静かに、歩いている。


 ——秋月穂乃香。


 その姿を目にした瞬間、胸の奥に、泥のように黒い妙な感情が湧いた。


 気づけば。


 口角が、わずかに上がっていた。


 それに、自分では気づかないまま。

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