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昼の温度差

 昼休み。


 チャイムが鳴った途端、穂乃香の席の周りに、自然と人が集まった。


 「ねえねえ、朝のやつ!」


 「立花と一緒だったよね?」


 「いつから? いつから?」


 悪意はない。

 でも、距離が近い。


 穂乃香は、鞄を抱えたまま、曖昧に笑うしかなかった。


 「……昨日から、ちょっと……」


 言葉を濁すと、逆に想像が膨らむ。


 「えー、なにそれ!」


 「付き合ってるとかじゃないんだ?」


 「じゃあ何?」


 ——私が聞きたい。


 そう思っても、口には出せない。


 視線が、無意識に教室の向こうへ向いた。


 立花くんは、自分の席で昼食を取っている。


 いつも通り。

 静かで、淡々としている。


 でも、その周りだけ、空気が違っていた。


 「なあ」


 低い声。


 立花は、箸を置いた。


 前に立っているのは、昨日もこちらを睨んでいた不良の小林亮だった。


 その後ろに、二人。


 「調子乗ってんの?」


 言葉は軽い。

 だが、距離が近い。


 立花は、顔を上げる。


 視線を合わせるが、睨まない。


 「……何の話でしょう」


 声は、穏やかだった。


 それが、癪に障ったらしい。


 亮が、肩を強く押した。


 ——動かない。


 立花は、ほんの少し揺れただけで、元の位置に戻っている。


 押した側が、一瞬だけ目を見開いた。


 「……あ?」


 もう一度、今度は力を込めて押す。


 それでも、同じだった。


 まるで、床に固定されているみたいに。


 立花は、困ったように首を傾げる。


 (力の入れ方が、違うな)


 内心で、そう思った。


 殴るなら、踏み込む前に体重を乗せる。


 肩だけで押すのは、勢い任せだ。


 「ふざけんな!」


 亮が、ついに拳を振り上げた。


 ——遅い。


 立花は、一歩だけ下がる。


 それだけで、拳は空を切った。


 亮は、前のめりになる。


 立花は、支えもしない。


 ただ、位置をずらしただけだ。


 「……っ!」


 次は、二人。


 左右から、同時に掴みかかってくる。


 立花は、肩を落とす。


 腕を絡めるのではなく、肘の角度を変える。


 触れられたと思った瞬間、力は逸れていた。


 倒さない。

 投げない。

 殴らない。


 ただ、全部が当たらない。


 数秒で、不良たちは息を切らしていた。


 立花は、静かに立っている。


 表情は、変わらない。


 (元気なのは、悪くない)


 (若い証拠だ。ただ、少し重心が高いな)


 師が弟子を見るように、そう評価するだけだった。


 遠くで、柊がこの様子を見ている。


 教師を呼ぶべきか、迷っている顔だ。


 その迷いがあるうちに、事態は終わった。


 「……行くぞ」


 亮が、そう言った。


 気味の悪さに当てられたのか、不良たちは、捨て台詞も吐かずに離れていく。


 立花は、乱れた制服を軽く整え、箸を取り直した。


 何事もなかったように。


 穂乃香は、遠くからその一部始終を見ていた。


 声も聞こえない。

 何があったのかも分からない。


 ただ。


 ——怖いはずなのに。


 立花くんの周りには、不思議と安心感があった。


 それが、一番おかしかった。

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