巣の入口
連れてこられた場所は、思っていたより普通の家だった。
古いけれど、手入れはされている。
玄関も、廊下も、どこか生活の匂いがする。
——本当に、ここでいいのかな。
そう思った瞬間だった。
襖が勢いよく開いた。
「――わ!」
一瞬、視界が赤く染まる。
燃えるような赤髪の女性が、勢いよくこちらに身を乗り出してきた。
距離が、近い。
思わず一歩引こうとしたが、逃げ場がない。
次の瞬間。
「美少女じゃん!!」
え。
……え?
穂乃香は、完全に固まった。
美少女。
今、私のことを言った?
状況が理解できない。
女性は、穂乃香の周りをぐるりと一周し、満足そうに頷いた。
「うんうん、なるほどねぇ……」
その手には、いつの間にかメジャー が握られている。
待って。
それ、どこから出したの?
「ちょっと待ってね」
にこにこしながら、赤髪の女性が一歩踏み込んでくる。
「一寸だけ!」
穂乃香の頭が、追いつかない。
「え、あの……?」
女性は構わず続けた。
「先っちょだけだから!
ほら、ここ、ここ!」
メジャーが、すっと、穂乃香の前に伸びる。
近い。
近すぎる。
「だ、大丈夫ですから!」
思わず声が出た。
女性は一瞬だけきょとんとし、それから大きく笑った。
「あはは!
安心して安心して!」
何をどう安心すればいいのか分からない。
「触らない触らない。
測るだけ!」
測るだけ、とは。
「……ほら、やっぱり!」
メジャーを戻しながら、女性は満足そうに頷く。
「これはね、
完全に狙われるタイプ」
さらっと、怖いことを言う。
穂乃香は、背筋が冷えた。
「え……?」
女性は、楽しそうに続ける。
「自己評価低め、
感受性高め、
目、すごくいい」
指を折りながら。
「うん、危険。
放置厳禁」
断言だった。
穂乃香は、言葉を失った。
怖いはずなのに、声を荒げる様子もなくて。
むしろ——この人、本気で心配している。
その事実の方が、じわじわと伝わってきて、胸が落ち着かなくなる。
その後ろで、静かに立っている人がいた。
立花くん。
視線が合った。
何も言わない。
でも、目を逸らさない。
——大丈夫だ。
そう言われている気がした。
赤髪の女性が、ふっと表情を和らげる。
「自己紹介、まだだったね」
胸を張る。
「私は天羅萃華。
こーいちの師姉」
にっこり。
「で、ここは私の巣」
……巣。
その言葉に、穂乃香の頭が一瞬フリーズした。
「だいじょーぶ。
噛まないし、取って食べない」
どこから突っ込めばいいのか分からない。
「しばらく、ここで面倒見るから」
選択肢は、提示されなかった。
でも、不思議と拒否したい気持ちは湧かなかった。
怖い。
変。
理解できない。
それでも。
——帰りたい、とは思わなかった。
穂乃香は、自分でも驚きながら、その場に立ち尽くしていた。
ヒロインの座が、静かに揺れていることも知らずに。




