説明役、交代
「……天羅」
低い声が、部屋に落ちた。
それだけで、赤髪の女性――萃華の動きが、ぴたりと止まる。
「はい?」
振り返る。
その視線の先に、立花くんが立っていた。
いつの間にか一歩前に出ている。
「説明が、先だ」
短い一言。
萃華は一瞬きょとんとしたあと、にやりと笑った。
「あ、そうだった」
あっさり。
「じゃ、交代!」
そう言って、一歩下がる。
……本当に下がっただけだった。
視線は外さないし、メジャーも手放していない。
立花くんは、気にしない。
穂乃香の前に立つ。
距離は、近すぎない。
でも、逃げ場を塞がない位置。
「……怖い思いをさせた」
最初の言葉は、それだった。
穂乃香は、思わず首を振った。
「い、いえ……」
助けてもらったのに。謝られる理由なんて、一つもないのに。
本当は、怖かった。でも、それ以上に、目の前の彼らの存在に混乱していた。
「簡単に話す」
立花くんは、淡々と続ける。
「君は、見える側だ。
自覚は、ほとんどないだろうが」
胸が、どくんと鳴る。
「それで、目を付けられた」
言い切りだった。
否定の余地を、与えない。
「昨日の件は、偶然じゃない。
今後も、放置すれば同じことが起きる」
そこで、ほんの一瞬だけ間が空く。
「……次は、助けられるとは限らない」
穂乃香は、息を呑んだ。
怖い。
でも、不思議と逃げたいとは思わない。
立花くんは、少しだけ視線を落とした。
「だから」
顔を上げる。
「正式に、保護下に入ってもらう」
横から、即座に声が入る。
「はーい!
強制じゃないけど、実質強制ね!」
萃華が、元気よく補足する。
「選択肢は一応あるけど、
安全なのは一択!」
……台無しだ。
でも、立花くんは続ける。
「君の生活は、できるだけ変えない。
学校も、塾も、続けられる」
「ただし」
少しだけ、声が低くなる。
「一人で夜に出歩かない。
異変を感じたら、必ず連絡する」
穂乃香は、唇を噛んだ。
頭では、まだ追いついていない。
でも、心はもう答えを出している。
「……分かりました」
自分の声が、思ったよりはっきりしていた。
萃華が、ぱっと表情を明るくする。
「よっしゃ!」
拳を握る。
「じゃ、今日からここは仮住まいね!」
「天羅」
「はい?」
「“巣”だ」
「……あっ」
一拍。
「……仮住まいの巣!」
何も解決していない。
穂乃香は、思わず小さく息を吐いた。
でも。
この人たちと一緒なら、少なくとも、一人で怯えることはない。
そう思えた。
それが、正式な保護の始まりだった。




