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糸を張る者

 取調室、と呼ぶには少し狭い部屋だった。


 机を挟んで、警官が二人。

 その向かいに、赤髪の女性が一人。


 天羅萃華は、椅子に腰掛けながら、すでに場の空気を掌握していた。


 「いやー、ご迷惑おかけしましたぁ」


 口調は軽い。

 だが、視線は一切泳がない。


 「この子、ちょっと変わった調査癖がありましてね?」


 警官の一人が、咳払いをした。


 「……調査、とは?」


 萃華は、首を傾げる。


 「ほら、最近この辺、物騒じゃないですか?」


 にこり、と笑う。


 「夜道で女の子が消えたり、

 突風が起きたり、

 川辺がざわついたり」


 警官の眉が、僅かに動いた。


 萃華は、それを見逃さない。


 「この子、心配性で。

 つい、様子を見に行っちゃうんですよ」


 「……それで、補導?」


 「そうそう!」


 即答だった。


 警官たちは、視線を交わす。


 理屈は、通っている。

 だが、どこかおかしい。


 「とはいえ、学生を夜に——」


 萃華は、そこで少しだけ身を乗り出した。


 笑顔は崩さない。

 声も、柔らかいまま。


 「だからですよ」


 ぴしり、と空気が張る。


 「だから、

 何か起きる前で良かったって話です」


 間。


 「もし、あの子が見回りに行かなかったら、

 今夜も誰か、いなくなってたかもしれない」


 沈黙。


 萃華は、軽く肩をすくめた。


 「ま、あくまで仮定ですけど?」


 その場にいる全員が、

「深入りしない方がいい話題」だと理解した。


 数分後。


 形式的な注意と、保護者への引き渡し。


 それで、話は終わった。


 警察署を出た瞬間。


 萃華は、ぴたりと足を止めた。


 振り返る。


 「……さて」


 その声から、軽さが消える。


 「こーいち」


 名を呼ばれ、恒一は一歩前に出た。


 萃華は、腕を組む。


 「説明しなさい」


 短い。

 だが、逃げ場がない。


 恒一は、すべてを話した。


 猩々。

 眷属。

 攫われた少女。

 救出と、決着。


 萃華は、黙って聞いていた。


 途中で茶々は入れない。


 最後まで聞いてから、大きくため息をついた。


 「……あー」


 額を押さえる。


 「もう。

 あんたねぇ……」


 次の瞬間。


 拳が、恒一の頭に軽く落ちた。


 ごつん。


 「一人でやる案件じゃないでしょ、それ」


 「はい」


 即答。


 「人質出てる時点でアウト。

 あんたが無事でも、相手が無事とは限らない」


 「はい」


 「それに」


 萃華の目が、細くなる。


 「今回、巻き込まれた娘」


 空気が、変わる。


 「……完全に、狙われるタイプよ」


 恒一は、僅かに眉を動かした。


 「見える子。

 気を引きやすい。

 自己評価が低い」


 指を折りながら、淡々と並べる。


 「最悪の三点セット」


 断言だった。


 萃華は、ふっと笑う。


 「放っといたら、

 次は別のモノに目を付けられる」


 そして、言い切った。


 「連れてきなさい」


 有無を言わせない口調。


 「保護、教育、遮断。

 全部まとめてやる」


 恒一は、迷わなかった。


 「……分かりました」


 萃華は、満足そうに頷く。


 「よろしい」


 そして、再び笑顔になる。


 「さーて。

 巣に帰ろっか」


 朝の光の中。


 蜘蛛は、糸を張り終えていた。

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