蜘蛛、名乗る
朝の警察署は、妙に静かだった。
夜勤明けの疲労と、これから始まる一日の事務的な空気が、同時に漂っている。
恒一は、パイプ椅子に座っていた。
背筋は伸び、姿勢は正しい。
表情も、落ち着いたまま。
補導された高校生としては、あまりにも場慣れしすぎている。
向かいに座る警官が、何度目かのため息をついた。
「……本当に十五?」
「はい」
即答だった。
「いや、その……落ち着きすぎじゃない?」
恒一は答えなかった。
否定する理由がない。
その時だった。
警察署の入口が、勢いよく開いた。
「失礼しまーす!!」
やけに明るくよく通る声が、フロア全体に響き渡る。
一斉に、視線が集まった。
そこに立っていたのは、一人の若い女性だった。
年齢は二十歳前後に見える。
幼さの残る顔立ちだが、目だけは妙に鋭い。
何より目を引くのは、燃えるような赤髪だった。
長い赤髪を高い位置で結び、派手なアクセサリーをこれでもかと身につけている。
服装は、どう見ても――コスプレだ。
黒と紫を基調とした衣装。
フリルや装飾が多いが、素材も縫製も一級品で、安っぽさは微塵もない。
「趣味」ではない。
「本気」だ。
その場違いな姿に反して、彼女はまったく動じていなかった。
「えーっとぉ……
補導されたって聞いたんですけどぉ?」
一瞬固まった受付の警官が、戸惑いながら応対する。
「保護者の方ですか?」
女性は、胸を張った。
これでもか、というほど。
「はいっ!
姉です!!」
強調。
間違いなく強調。
警官が書類を確認する。
「……立花恒一君の?」
「そうそう、その子その子!」
次の瞬間、女性の視線がフロアを走った。
恒一を見つけた途端、満面の笑み。
「こーいーちー!!」
ずかずかと近づき、そのまま恒一の前に立つ。
恒一は、静かに立ち上がり、深く頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けしました。
師姉」
その一言で、空気が一瞬、凍った。
警官たちの視線が集まる。
師姉は、にっこりと笑ったまま、恒一の頭をぽん、と軽く叩く。
「こら。
こういうところではね?」
そして、もう一度、胸を張る。
「姉です。
お・ね・え・さ・ん!」
念押し。
警官は、しばらく沈黙した後、観念したように頷いた。
「……では、保護者の方。
少しお話を」
「はーい!
分かりましたー!」
師姉は、妙に上機嫌なまま応じる。
その背中を見送りながら、恒一は小さく息を吐いた。
――動き出したな。
蜘蛛が。
裏に潜んでいた糸が、ついに表に現れた。
これは、もう一人で片付ける話ではない。
恒一は、それを静かに理解していた。
そして。
これから始まるであろう騒がしさを想像し、ほんの少しだけ、覚悟した。




