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夜に戻る者
恒一は、夜の空気に戻っていた。
穂乃香は、安全な場所に置いた。
人の目も、気配も、問題ない。
しばらくは、目を覚ましても混乱しないだろう。
そこまで確認して、ようやく次に進める。
川沿いへ向かう足取りは、先ほどより速い。
迷いはない。
人質は、もういない。
条件が、変わった。
猩々は、必ず動く。
女を失い、眷属も退けられた。
あれが引く性質なら、そもそも人里に出てこない。
恒一は、歩きながら紙を取り出す。
符ではない。
兵でもない。
印だ。
厭魅・厭勝の準備。
長く使うものではない。一時的に、場を縛るためのもの。
——ここで、終わらせる。
それは決意ではなく、作業工程の確認だった。
少し離れた場所で、赤色灯が、静かに回っていた。
騒ぎ立てるほどではない。
だが、人は集まっている。
「通報があったらしい」
「女性が倒れていたとか」
「いや、見失ったって」
そんな断片的な声が、風に混じる。
恒一は、その光景を横目に見るだけで、立ち止まらない。
今は、まだ関わらない。
関わる必要がない。
ただし。
——近いうちに、避けられなくなる。
その予感だけは、冷静に受け止めていた。
夜は、まだ終わらない。
だが、流れは確実に変わった。
恒一は、川の気配を感じながら、再び闇の中へ歩を進めた。




