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甘い夜

 塾を出たのは、思っていたより遅い時間だった。


 穂乃香はスマートフォンの画面を一度だけ確認して、すぐにしまった。


 帰りを急がなければ、と頭では分かっている。最近、隣の市で行方不明者が出ている、という噂も聞いていた。


 ——でも。


 自分が襲われるなんて、考えにくい。


 そう思ってしまう自分がいる。


 背も低いし、目立つわけでもない。特別、誰かに狙われるような見た目じゃない。


 それに、周りは静かだが、完全に無人というわけでもない。


 大丈夫。

たぶん。


 足早に歩くうち、いつの間にか、人通りが減っていた。


 あれ、と思った時には、もう大通りは見えない。


 知らない路地ではない。前にも通ったことがある、はずだ。


 でも、今日は少し暗い。


 街灯の間隔が広く、影が長く伸びている。


 その時だった。


 ふわり、と。


 甘い匂いがした。


 お酒みたいな、でも、もっと柔らかくて、鼻の奥に残る香り。


 穂乃香は足を止めた。


 ……こんなところに、居酒屋なんてあったっけ。


 考えようとしたが、思考がうまく繋がらない。


 息が、深くなる。


 一つ吸うたびに、胸の奥が、ゆっくり緩んでいく。


 大丈夫なように思えた。


 理由は分からないが、焦る必要などないように感じられる。


 頭が、少し重い。


 でも、それは不快じゃない。


 むしろ——


 眠い。


 視界の端で、何かが動いた気がした。


 低い位置。影の中。


 振り向こうとしたが、首がうまく回らない。


 足元に、気配が増える。


 小さな音。布を擦るような、爪が地面に触れるような音。


 穂乃香は、気づいた。


 囲まれている。


 でも、不思議と怖くなかった。


 怖い、という感情に辿り着く前に、頭の中が、白く溶けていく。


 甘い匂いが、さらに濃くなる。


 誰かが、そっと支えた気がした。


 地面が、近づく。


 ——あ、倒れる。


 そう思ったところで、意識が、ふっと途切れた。


 暗転。


 最後に見えたのは、赤い影と、小さな猿のような輪郭だった。

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