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銀座の解析

 夕暮れの空気が、ひとつ薄く張った。


 瀾書生は足元の水たまりを一瞥し、それから袖の内へ手を入れた。

 取り出したのは符ではない。

 薄い板のようなもの――光を映す、小さな端末だった。


 彼はそれを指先で軽く傾ける。

 画面に、青白い光が灯る。


 穂乃香の目がわずかに細まった。


 住宅街の色が、その小さな光の中だけ切り取られたように冷える。

 遠くで鳴っていた車の音が、一瞬だけ遠ざかった気がした。


「君たちは、少し目立ちすぎた」


 瀾書生の声は穏やかだった。

 責めるでもなく、ただ事実を告げる調子だ。


 彼は端末の画面を三人の方へ向けた。


 映っていたのは、夜の銀座だった。

 街灯の明かり。

 流れる人波。

 天気中継のテロップ。

 その奥を、整った服装の二人が歩いている。


 穂乃香の指先が、鞄の肩紐をきつく引いた。


 画面の中の自分は、今より少し柔らかい顔をしていた。

 眼鏡はなく、髪も整えられている。

 隣には恒一がいた。


 瀾書生は、その反応を見て口元を上げる。


「始まりは朱烈でした」


 彼は画面を切り替える。

 今度は街路の別角度、粗い監視映像。

 人影がいくつも重なり、時間表示だけが無機質に点っていた。


「少々粗野な男でしたが、同じ群れの者が落ちたとなれば、調べないわけにはいかない」


 眼鏡の縁を押し上げる。

 その仕草に合わせて、レンズが夕陽を受けて薄く光る。


「監視映像というものは便利ですね」


 瀾書生は笑った。

 笑っているのに、体温のない声だった。


「人間の社会は愚かですが、記録だけは優秀だ」


 穂乃香の呼吸が浅くなる。

 けれど口を挟まない。


 瀾書生は端末の画面を指でなぞった。

 銀座の中継映像が一時停止する。

 画面の中の穂乃香と恒一が、まるで標本みたいに切り取られる。


「朱烈の移動経路、接触記録、周辺の映像――そういうものを辿っていくと、面白い断片がいくつも出てくる」


 彼は画面の中の穂乃香を指先で示した。


「見鬼の少女」


 そのまま視線が現実の穂乃香へ移る。


 穂乃香の肩が、ほんの少しだけ強張る。


 瀾書生は次に、恒一の方へ目を向けた。


「そして、付き添いの修行者」


 恒一は表情を変えなかった。

 ただ、相手の言葉を受け流すように静かに立っている。


 清磬の白い瞳が、ほんのわずかに細まる。


 夕方の風が通り抜けた。

 冷たくはない。

 けれど、瀾書生の足元だけが妙に湿って感じられる。


「最初はそちらの白い方が目的でした」


 瀾書生はそう言って、今度は清磬を見る。

 値踏みするような視線。

 だがどこか楽しげでもある。


「霊格が高い。輪郭が澄んでいる。あれは見れば分かる」


 清磬は何も答えない。

 白い袖の中で、指先だけが静かに収まっている。


 瀾書生は小さく肩をすくめた。


「ですが、銀座の映像を見て考えが少し変わりましてね」


 画面の中、整えられた穂乃香の姿が夕景の中に浮かぶ。

 瀾書生はその像を見ながら、わずかに口角を上げた。


「あなたの方が、ずっと興味深い」


 穂乃香の喉が小さく鳴る。

 返す前に、指先が鞄の中の符の位置を探った。


「……気味が悪いわね」


 瀾書生はその言葉に腹を立てるでもなく、むしろ満足そうに微笑んだ。


「研究者としては褒め言葉です」


 その答えの直後、恒一が一歩だけ前へ出た。

 靴底がアスファルトを擦る、ごく軽い音。


「調べたのは分かった」


 声は低く、静かだった。


「それで、何をしに来た」


 瀾書生は端末を閉じ、袖の中へ戻した。

 画面の光が消えると、夕暮れの色がまた道へ戻る。


 彼はそこで初めて、少しだけ芝居がかった礼をした。


「観察ですよ」


 言いながら、もう片方の袖へ手を入れる。

 今度は紙の擦れる音がした。


「できれば生きたまま」


 空気が、すっと冷える。


 穂乃香の指先が止まり、恒一の視線がわずかに下がる。

 瀾書生の袖口から、白い符の端が覗いた。

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