朝の違和感
朝の空気は、いつもと変わらなかった。
通学路を歩く人の流れ。
信号待ちで並ぶ学生たち。
コンビニの前で立ち話をする会社員。
見慣れた、いつもの朝。
けれど。
穂乃香は、ふと足を止めた。
人の気配が――少しだけ、違う。
ざわめき。
笑い声。
自転車のブレーキの音。
それらが一つの流れのように重なり、
どこか遠くから聞こえてくるような感覚があった。
まるで、薄い膜を一枚挟んでいるような。
穂乃香は小さく首を傾げる。
(……気のせい?)
昨日の修行の疲れかもしれない。
地下の灯り。
函の中で蠢いていた、何かの気配。
胸の奥に残る、妙に静かな感覚。
思い出すと、まだ指先が少しだけ冷たい。
信号が青に変わる。
人の流れに押されるように、
穂乃香もまた歩き出した。
通学路はいつも通りだった。
誰もが同じ朝を過ごしている。
笑い、話し、
今日の授業のことや、
昨日のテレビの話をしている。
何も変わっていない。
――そう見える。
校門が近づく。
その時だった。
一瞬だけ。
人の流れの中に、
濁った影のようなものが見えた気がした。
穂乃香は思わず振り向く。
けれど。
そこにいたのはただの学生たちだった。
談笑しながら校門をくぐる、
いつもの朝の光景。
(……変だな)
胸の奥に、
小さな違和感だけが残った。
穂乃香はそのまま校舎へと歩き出す。
教室の扉が見える。
いつもの場所。
いつもの席。
いつものクラス。
――同じ教室。
けれど。
今日の穂乃香には、
それがほんの少しだけ、
違う世界のように見えていた。




