↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地仙譚~百年を生きる仙人は現代で怪異を祓う~  作者: taka
第23章 失う名を知る夜
PR
162/174

名と人

地下は、また静かになっていた。


函の金線が青い灯りを受けて細く光る。


誰も話さない。


萃華は台に寄りかかり、

淵流は首元で目を閉じている。


清磬は壁際に座ったまま、視線を落としていた。


そして恒一は、

函の横に静かに立っている。


さっきと同じ場所。


何も変わっていない。


それなのに、

穂乃香の胸の奥にはさっきとは違う重さがあった。


天風立華。


その名前の意味を知ってしまったからだ。


風。


咲いて消える花。


封神。


その全部が、今は恒一の背中の向こうに重なって見える。


穂乃香はゆっくり息を吸う。


そして――


「……天風立華」


口に出した瞬間、

自分でも少し驚いた。


その名前はたしかに恒一のものだ。


けれど。


どこか遠い。


地下の灯りの中で、その名前だけが

目の前の人と少しだけずれて聞こえた。


穂乃香は小さく言い直す。


「……恒一」


恒一が振り向く。


「どうした」


声はいつもと同じだった。


落ち着いた声。


穂乃香は一瞬だけ迷う。


聞きたいことはある。


でも言葉にするのが難しい。


それでも、ゆっくり言う。


「その名前」


少しだけ視線を落とす。


「……嫌いなんですか」


恒一はすぐには答えなかった。


函の金線を一度だけ見て、

それから穂乃香を見る。


「嫌いではない」


静かな声。


それから少しだけ続ける。


「好きでもない」


同じ言葉。


でも今は、その意味が少し分かる。


恒一は小さく息をつく。


「名前だからな」


短く言う。


「それ以上でも、それ以下でもない」


それだけだった。


地下の灯りが揺れる。


穂乃香は小さく頷いた。


「……そうですか」


それ以上は聞かない。


でも胸の奥には、

さっきよりもはっきりした感覚が残っている。


天風立華。


その名前は重い。


運命も含んでいる。


封神にも近い。


でも――


目の前にいるのは、恒一だった


静かに立っている。


余計なことは言わない。


誰かを責めることもない。


ただ、そこにいる。


穂乃香は函を見る。


境目。


萃華はそう言っていた。


函は境目を作るもの。


人と仙。


生と封神。


そして。


名前と、人。


穂乃香はゆっくり思う。


天風立華は名前だ。


でも。


恒一は、その名前だけではない。


地下の青い灯りの中で、

穂乃香は初めて理解した。


この夜、自分は――


「失うかもしれない名前」


ではなく、


「失うかもしれない人」


を知ったのだと。


函の金線が、静かに光っていた。




地下の灯りが静かに揺れる。


函の金線が青く光る。


壁際では、清磬はまだ座ったままだった。


視線は落ちている。


その胸の奥で、

一つの言葉だけが重く残っていた。


――天風立華。


その名は、

封神へ近い名だった。


そしてその名を持つ人は、

今、すぐそこに立っている。


清磬はゆっくり目を閉じる。


この夜。


自分は初めて――


「失う名」を知ったのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。