重さ
地下は静かだった。
誰も声を出さない。
灯りの青が函の金線を細く照らしている。
恒一は台の横に立っていた。
さっきと同じ位置。
特別なことは何もしていない。
ただそこに居るだけ。
それなのに、地下の空気は少しだけ張っていた。
萃華は何も言わない。
淵流も黙っている。
穂乃香は視線を動かす。
恒一。
函。
それから、壁際。
清磬はまだそこに座っていた。
姿勢は崩れていない。
衣も乱れていない。
けれど。
立たない。
それが、妙に重く見える。
恒一が少しだけ清磬を見る。
「……調子が悪いのか」
声は静かだった。
心配するような響き。
責める色はない。
清磬の肩が、ほんのわずか揺れる。
答えない。
少し遅れて、恒一はそれ以上聞かなかった。
問いを重ねない。
ただ一歩だけ近づく。
足音は小さい。
地下の石床がわずかに鳴る。
清磬の指先が、衣の上で固まる。
穂乃香はそれを見た。
清磬は顔を上げない。
視線を落としたまま、壁に背を預けている。
恒一はその前で止まる。
少しだけ間が空く。
それから、低く言う。
「無理に立たなくていい」
静かな声だった。
「ここ、寒いからな」
ただ、それだけ。
何も知らない人の言葉。
だからこそ、重い。
清磬の呼吸が少し乱れる。
ほんの少しだけ。
それでも、はっきりと分かる。
沈黙が落ちる。
函の金線が灯りを反射する。
清磬の指先がゆっくり動く。
握っていた衣を離す。
それから――
やっと顔を上げた。
視線が恒一に向く。
いつもの静かな目。
けれど、どこか迷っている。
ほんの一瞬だけ。
「……立華」
清磬が名前を呼ぶ。
声は低い。
それでも、どこか硬い。
恒一は普通に頷く。
「何だ」
それだけ。
変わらない。
清磬の喉がわずかに動く。
言葉が出ない。
言うべきことは、もう分かっている。
封神。
立華。
最初から。
そして、自分の言葉。
――軟弱。
その言葉が胸の奥で、重く沈む。
清磬は目を閉じた。
ほんの一瞬。
それから静かに言う。
「……私は」
声が少しだけ掠れる。
「知らずに、言った」
恒一は黙って聞いている。
まだ話が繋がっていないように見える。
それでも遮らない。
清磬は続ける。
「封神を」
一拍。
「軟弱の恐れるものだと」
地下の空気が、少しだけ冷える。
恒一は、まだ黙っている。
清磬の視線が揺れる。
ほんのわずか。
それでも逃げない。
「だが」
声が少しだけ低くなる。
「それは」
息が止まる。
それでも言う。
「……お前を失うものだった」
地下の灯りが静かに揺れる。
恒一は、そこでようやく瞬きをした。
それだけ。
怒りもない。
驚きもない。
ただ、少しだけ考えるような顔。
それから、静かに言う。
「……ああ」
短い声。
理解したのかどうか、分からない。
ただ続ける。
「別に」
恒一の声は変わらない。
「気にしてない」
それだけ。
それだけなのに。
清磬の肩が、小さく揺れた。
責められない。
怒られない。
許すとも言われない。
ただ、受け流された。
それが一番、重かった。
地下の灯りの中で、
清磬はゆっくり視線を落とす。
何も言えない。
恒一はそれ以上話さない。
ただそこに立っている。
風のように。
静かに。
そして、穂乃香は思った。
この人はきっと――
ずっと、こうやって立っているのだ。
誰かの前で。
誰かのために。
そして、
自分が立ち続けることの重さだけを、
自分では知らないまま。
地下の灯りが、
静かに函を照らしていた。




