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夕方のバス

 放課後のバス停は、思っていたよりも人が多かった。


 学生、買い物帰りの主婦、仕事帰りの会社員。

 特別な顔ぶれはいない。


 恒一は列の後ろに立ち、静かに順番を待った。

 隣の市までは、バスで十五分ほど。

 近いと言えば近い距離だ。


 バスが到着し、乗り込む。

 空いている座席に腰を下ろしたところで、少し遅れて乗ってきた少女に気づいた。


 穂乃香だった。


 一瞬、目が合う。

 すぐに視線が逸れ、また戻る。


 穂乃香は迷っている様子だったが、やがて小さく息を吸い、こちらへ歩いてきた。


「あ、あの……」


 声は小さく、少し震えている。


「……立花、くん……ですよね」


「そうだ」


 恒一は短く答えた。


 それだけで会話が終わりそうになり、穂乃香は慌てたように言葉を続ける。


「その……このバス、隣の市まで行くんですよね」


「行く」


「そ、そうですよね……えっと……」


 言葉を探す間、視線が落ち着かない。


「わ、私も……塾で……」


 そこで一度言葉が切れる。


「あ、でも……昨日、話してた塾とは違うところで……」


 言い訳のように付け足す。


 恒一は、それを否定も肯定もしなかった。


「そうか」


 それだけだった。


 穂乃香は一瞬、拍子抜けしたような顔をして、それから少しだけ安心したように息を吐いた。


「……立花くんは?」


「用事がある」


 それ以上は言わない。


 穂乃香は、続きを聞きかけて、やめた。


 理由は分からないが、彼女はこれ以上踏み込んではいけないと感じたようだった。


 バスの揺れと、エンジン音だけが続く。


 沈黙は重くない。

 だが、彼女は少し緊張しているようだった。


 やがてバスが停まり、穂乃香は立ち上がる。


「……じゃ、じゃあ……」


「気をつけて」


 恒一の言葉に、穂乃香は小さくうなずいた。


 ドアが閉まり、バスは再び走り出す。


 隣の市は、どこにでもあるような見慣れた街だった。


 夕方の光が、建物の影を長く伸ばしている。

 人通りも、店の数も、特別ではない。


 だが、歩き始めてすぐ、恒一は気づいた。


 女性の足取りが、わずかに早い。

 視線が合いにくい。

 スマートフォンを、強く握っている者が多い。


 理由を言葉にするほどではない。

 ただ、そういう空気がある。


 恒一は、まず川沿いへ向かった。


 水辺の湿気。

 風に混じる、かすかな甘い匂い。


 一瞬だけ、酒の気配がした気がしたが、立ち止まるほどではない。


 倉庫街を抜け、夜でも灯りが消えない建物をいくつか確認する。


 学習塾の前も通った。

 外から見る限り、普通だ。


 子供たちの声。

 講師の声。

 異常はない。


 空き瓶が、路地の隅に置かれている。

 不自然だが、まだ線にはならない。


 気づけば、空は暗くなっていた。


 人の流れが減り、街灯の光が目立ち始める。


 恒一は、足を止めた。


 今夜は、まだ動かない。


 調べるべき線は揃いつつあるが、結ぶのは、もう少し先だ。


 夜は、始まったばかりだった。


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