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地仙譚~百年を生きる仙人は現代で怪異を祓う~  作者: taka
第20章 残火に響く鎮魂
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火と鬼

 次の瞬間、清磬の周囲に淡い輪郭が浮かび始めた。


 磬だった。


 半透明の、薄く光る磬。

 一つ、二つ、三つ。

 暗い路地の中に、ホログラムみたいな光の像が静かに並ぶ。


 ネオンの残り光を受けているわけじゃない。

 あれ自体が、わずかに明るい。


 朱烈の目が細くなる。


「へえ」


 熱を含んだ声だった。

 面白がっているのに、試すみたいな色が混じる。


 清磬は何も返さない。


 唇がわずかに動く。

 次の瞬間、最初の一音が鳴った。


 ——チン。


 澄んだ音だった。


 焼けた匂いの濃い路地に、その一音だけが異様なほどまっすぐ通る。

 穂乃香の耳の奥が微かに震えた。


 音に合わせて、壁際の影が持ち上がる。


 黒いものが、立つ。


 人の形に近い。

 けれど、人ではない。


 輪郭の曖昧な“鬼”が、音に引かれるように浮かび上がった。


 朱烈の指先の火が、そこで弾かれる。


 火弾。


 音もなく飛んだそれは、真っ直ぐ清磬へ向かった。


 鬼が前へ出る。


 ぶつかる。


 赤い火花と黒い煙が、狭い路地の真ん中で弾けた。

 焦げた匂いがまた一段濃くなる。


 穂乃香は思わず肩をすくめた。

 熱が、肌に刺さるみたいに細かい。


 朱烈が笑う。


「そういう手か」


 言いながら、今度は左手にも火を灯す。

 指の間で、赤い火が不安定に揺れた。


 火弾が二つ、連続で放たれる。


 清磬の肩がわずかに沈む。

 その前に浮かぶ磬が一つ増えた。


 ——チン。

 ——チン。


 音が重なる。


 影がまた立ち上がる。

 今度は二体。


 片方が正面から火弾を受け止め、もう片方が壁を蹴って朱烈へ飛ぶ。


 非常階段の鉄骨が軋む。


 朱烈の眉が、そこでほんの少しだけ動いた。


 片手を振る。


 火が細く伸びる。


 鞭みたいにしなる炎が鬼の胴を打ち、黒い輪郭を焼き裂いた。

 焼けた鬼は、そのまま火の粉みたいに散って消える。


 けれど、もう一体は止まらない。


 朱烈の喉元へ、真っ直ぐ爪を伸ばす。


 その寸前だった。


 空気が弾ける。


 爆ぜる音が一拍遅れて耳へ届く。

 朱烈の前で熱が膨らみ、鬼の上半身をまとめて吹き飛ばした。


「……っ」


 穂乃香は短く息を呑んだ。

 鼓膜の奥がじんと痛む。


 朱烈は腕を下ろしたまま笑っている。


「悪くねえな」


 褒めているようで、少しも褒めていない声音。

 値踏みして、遊びの延長で試している声だ。


 清磬は答えない。


 ただ、前へ半歩出る。


 道袍の裾が揺れる。

 浮かぶ磬の数が、さらに増える。


 ——チン。


 ——チン。


 音が連なり、影がざわめく。


 今度は鬼が三体。


 低く走るもの。

 壁を這うもの。

 上から落ちるもの。


 ばらばらの軌道で、一斉に朱烈へ向かう。


 穂乃香はその動きを目で追いながら、気づく。


 清磬の戦い方は、綺麗だ。


 怒鳴らない。

 大きく構えない。

 ただ音を鳴らし、影を呼び、無駄なく相手を追い詰めていく。


 それなのに。


 朱烈の火は、その“綺麗さ”を嫌うみたいに暴れていた。


 赤い火が膨らむ。


 熱の塊が、乱暴に空間へ押しつけられる。

 火弾が一つ、鬼の肩を焼く。

 もう一つが階段の影を吹き飛ばす。


 そして三つ目は——


 清磬のすぐ前で爆ぜた。


 風圧で、白い道袍の袖が大きく揺れる。

 頬を掠める熱に、穂乃香の心臓が強く跳ねた。


 でも清磬は引かない。


 顔色一つ変えず、指先だけをわずかに動かす。


 磬が鳴る。


 鬼が再び立つ。


 それを見て、朱烈の笑みが少しだけ薄くなった。


 面倒そうな色が、目に出る。


「ちっ……」


 小さく舌打ちする。


 穂乃香は唇を引き結んだ。


 分からないなりに、一つだけ分かることがある。


 清磬は押し切れていない。


 火を捌いてはいる。

 鬼も出せている。

 でも、朱烈の方がまだ余裕がある。


 その時、弾けた熱が穂乃香のいる位置まで流れ込んできた。


 喉が焼ける。

 息を吸うたび、胸の奥がひりつく。

 見鬼で開いた感覚が、そのまま空気の歪みまで拾ってしまう。


 思わず肩が強張る。


 その瞬間。


 頬を撫でる風が変わった。


 熱の流れが、わずかに逸れる。


 目に見えるほど大きくはない。

 けれど確かに、穂乃香の前の空気だけが一度薄くなる。


 呼吸が、少しだけ楽になる。


 穂乃香は息を呑んだ。


 恒一は振り返らない。

 ただ立ったまま、指先をほんのわずかに動かしただけだった。


 それだけで、穂乃香へ流れ込んでいた熱気が壁際へ逃がされている。


 守られている。


 その事実を理解した時には、朱烈が低く舌打ちしていた。


 肩がわずかに落ちる。

 苛立ちが、表情より先に空気へ滲む。


「……面倒くせぇ」


 低く、吐き捨てる。


 その声を聞いた瞬間、穂乃香の背筋が冷えた。

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