鳴らない余韻
夜は、すでに深かった。
街の音は遠く、窓の外には動く気配がほとんどない。
清磬は、畳に正座したまま、じっと動かなかった。
呼吸は整っている。
脈も、乱れていない。
――問題は、そこではなかった。
胸の奥に、わずかな“引っかかり”がある。
痛みではない。熱でもない。
例えるなら、鳴るはずの音が、鳴らなかった時の余白。
任務は終わっている。
処理も、判断も、手順も、すべて正しかった。
それでも。
「……」
言葉にしようとして、清磬は口を閉じた。
言葉が、見つからないのではない。
言葉にする必要があるのかどうか、その判断ができなかった。
背後で、微かに空気が動く。
恒一が、部屋に入ってきた気配だった。
振り返らなくても分かる。
足音の重さ、歩幅、呼吸の癖――すべて、覚えている。
「休め」
短い声だった。
清磬は、頷いた。
だが、すぐには立ち上がらない。
いつもなら、もう少し早く反応していた。
自分でも、その“遅れ”を自覚している。
磬の気配が、背中に重く残っていた。
術の名残――ではない。
あの時、刈り取ったもの。
声をかける寸前で、断ち切った“何か”。
正しい判断だった。
迷いはなかった。
それでも、音が、残っている。
「……恒一」
呼びかけた声は、いつもより低かった。
理由は分からない。
恒一は、何も言わない。
ただ、そこにいる。
その沈黙が、清磬には分かる。
問いかけではない。
促しでもない。
――待っている。
清磬は、ようやく立ち上がった。
歩き出そうとして、一瞬だけ、足が止まる。
部屋の向こう。
廊下の先。
人の気配がある。
弱く、曖昧で、それでも確かな存在感。
視線は向けない。
名も、思考も、結びつけない。
ただ――“ある”ことだけを、知ってしまった。
それは、これまでと同じはずだった。
変わっていないはずだった。
なのに。
清磬は、僅かに眉を寄せる。
自分でも理由が分からない、その仕草。
「……戻る」
告げて、歩き出す。
恒一は、何も言わずに続いた。
音のない夜。
鳴らないはずの余韻だけが、静かに残る。
清磬は、まだ知らない。
それが“変化”なのか。
それとも、ただの揺らぎなのかを。
ただひとつ確かなのは――
沈黙が、以前よりも、重くなっているということだけだった。




