残り香
夜は深く、静かだった。
刈り取った後の場所から離れ、結界の影に身を置いても、清磬の中の感覚は消えなかった。
戦いではなかった。
躊躇も、迷いもない。
判断は正しく、手順も間違っていない。
それでも。
胸の奥に、冷えた何かが残っている。
清磬は、自分の指先を見つめた。
震えてはいない。
血の匂いもない。
――終わった。
そう理解しているはずなのに、“終わらせた”という実感が、どこか他人事のようだった。
「……」
言葉が出ない。
不安、後悔、恐怖。
どれとも違う。
ただ、何かを切り捨てた事実だけが、重く残っている。
清磬は、無意識のうちに一歩踏み出していた。
気づけば、恒一のすぐ後ろに立っている。
距離は、近い。
だが、それを“近い”と意識している余裕はなかった。
恒一は、振り返らない。
それでも、清磬がそこにいることを分かっている。
「……初めてか」
低く、落ち着いた声。
問いというより、確認に近い。
清磬は、少し考えてから答えた。
「……分からない」
正直な言葉だった。
「刈った、という感覚はある。だが……それが、どういうものなのか」
言葉を探すように、間が空く。
「……正しい、のだとは思う」
恒一は、ようやく視線だけをこちらに向けた。
「正しい」
短く肯定する。
「迷っていないなら、それでいい」
清磬は、その言葉を受け止めた。
肯定でも、慰めでもない。
ただの事実。
それが、少しだけ楽だった。
清磬は、さらに半歩近づく。
理由は分からない。
ただ、離れる必要がないと感じた。
恒一は、何も言わない。
止めもしない。
それが許されていることを、清磬は何となく理解した。
「……」
静寂の中で、夜風が衣を揺らす。
清磬は、ふと気づく。
この位置が、自然だと感じている自分に。
それが何を意味するのかは、まだ分からない。
ただ、今は考えなくていいと思えた。
恒一の背は、変わらず前を向いている。
清磬はそのすぐ傍で、言葉にならない後味を抱えたまま、静かに夜を越えていった。




