刈り跡
逃げ切れた――男は、そう思った。
結界を抜け、路地裏を駆け、肺が焼けるほど息を吐いて、ようやく立ち止まる。
追ってくる気配はない。
術式も、気配も、何も。
「……は、はは……」
笑いが漏れる。
仙人相手でも、結局は人の足だ。
逃げられない道理はない。
そう思った、その瞬間。
足元が、ずれた。
紙が、重なっている。
いつからあったのか分からない。
白い札のようなものが、地面に散らばっていた。
「……?」
違和感に気づいた時には遅い。
紙が、動いた。
風もないのに、意思を持ったように絡みつき、足を縛る。
「なっ――!」
声を上げる前に、背後から衝撃が走った。
視界が回り、地面に叩きつけられる。
そして――次に目を開いた時、男はもう動けなかった。
*
恒一は、地面に伏した男を見下ろしていた。
「……一人、確保」
淡々とした声。
清磬は、少し離れた位置でそれを見ている。
逃げようとした痕跡。
乱れた気配。
雑に扱われていた宝貝の残滓。
どれも、弱い。
「他も、同じようなものだ」
恒一が続ける。
「人任せで、術も雑。盤面に残す価値はない」
言い切りだった。
清磬は頷いたが、その動きはわずかに遅れた。
捕らえた。
刈り取った。
判断としては正しい。
けれど。
胸の奥に、小さな澱のようなものが残っている。
不快、とは少し違う。後悔でもない。
ただ――何かを終わらせた感覚。
恒一はそれ以上、何も言わなかった。
紙兵が静かに周囲を回収し、痕跡は手際よく消えていく。
ここに何かがあったことすら、やがて誰も気づかなくなるだろう。
清磬は、無意識に指先を握った。
自分が刈ったわけではない。
だが、傍にいた。
選ばれた側だった。
その事実だけが、じわりと遅れて胸に広がっていく。
恒一の背中は、変わらず前を向いている。
清磬は、その背を追いながら、言葉にならない感覚を、まだ抱えたままだった。




