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刈り跡

 逃げ切れた――男は、そう思った。


 結界を抜け、路地裏を駆け、肺が焼けるほど息を吐いて、ようやく立ち止まる。


 追ってくる気配はない。

 術式も、気配も、何も。


「……は、はは……」


 笑いが漏れる。


 仙人相手でも、結局は人の足だ。

 逃げられない道理はない。


 そう思った、その瞬間。


 足元が、ずれた。


 紙が、重なっている。


 いつからあったのか分からない。

 白い札のようなものが、地面に散らばっていた。


「……?」


 違和感に気づいた時には遅い。


 紙が、動いた。


 風もないのに、意思を持ったように絡みつき、足を縛る。


「なっ――!」


 声を上げる前に、背後から衝撃が走った。


 視界が回り、地面に叩きつけられる。


 そして――次に目を開いた時、男はもう動けなかった。



 恒一は、地面に伏した男を見下ろしていた。


「……一人、確保」


 淡々とした声。


 清磬は、少し離れた位置でそれを見ている。


 逃げようとした痕跡。

 乱れた気配。

 雑に扱われていた宝貝の残滓。


 どれも、弱い。


「他も、同じようなものだ」


 恒一が続ける。


「人任せで、術も雑。盤面に残す価値はない」


 言い切りだった。


 清磬は頷いたが、その動きはわずかに遅れた。


 捕らえた。

 刈り取った。


 判断としては正しい。


 けれど。


 胸の奥に、小さな澱のようなものが残っている。


 不快、とは少し違う。後悔でもない。


 ただ――何かを終わらせた感覚。


 恒一はそれ以上、何も言わなかった。


 紙兵が静かに周囲を回収し、痕跡は手際よく消えていく。


 ここに何かがあったことすら、やがて誰も気づかなくなるだろう。


 清磬は、無意識に指先を握った。


 自分が刈ったわけではない。

 だが、傍にいた。


 選ばれた側だった。


 その事実だけが、じわりと遅れて胸に広がっていく。


 恒一の背中は、変わらず前を向いている。


 清磬は、その背を追いながら、言葉にならない感覚を、まだ抱えたままだった。


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