表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
124/136

夜話

 夜は静かだった。


 昼の賑わいが嘘のように、庭先に置かれた灯りの下で、湯気だけがゆっくりと立ち上っている。


 恒一と萃香は、向かい合って茶を飲んでいた。


 言葉を交わさずとも落ち着く時間。それでも、萃香はふと視線を湯飲みに落としたまま、口を開いた。


「清磬ね」


 唐突ではあったが、恒一は驚かなかった。


「まだまだ、自分というものが固まっていないわ」


 断定ではない。

 少し距離を取った、観測するような言い方。


「今は成長の途中よ。感情は芽生えているのに、それをどう扱えばいいのか分からない時期」


 そこで、萃香はほんの一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いた。


「……最初から“人の心”で世界を見てきたわけじゃないもの」


 恒一は、その言葉を静かに受け止める。


 詳しくは語られない。だが、それだけで十分だった。


「こういう時は、不安定になりやすいの」


 萃香は、ほんの少しだけ笑った。


「誰かに寄りかかりすぎたり、逆に、全部を拒んでしまったりね」


 湯飲みを置く音が、小さく響く。


「だから……周りにいる人間は、少しだけ注意深くいた方がいい」


 恒一はそこで、顔を上げた。


「……それを、なぜ俺に?」


 責めるでもなく、疑うでもない。


 ただ理由を確かめる声だった。


 萃香はその問いを受けて、少しだけ困ったように目を細める。


「さあ、どうしてかしら」


 曖昧な笑み。


「言葉にすると、重くなるでしょう?」


 それ以上は語らない。

 任せるとも、命じるとも言わない。


 恒一はそれを受け取り、しばらく黙って茶を飲んだ。


 やがて、話題は自然に移る。


「……もう一人、気になる子がいるわ」


 萃香の視線が、夜の闇の向こうへ向く。


「秋月さん」


 恒一の指が、わずかに止まった。


「見鬼の力。明らかに伸びているわね」


 評価ではない。ただの事実確認。


「今はまだ、自覚が追いついていないみたいだけど……放っておくと、本人が疲れてしまう」


 萃香は軽く肩をすくめる。


「いつかは、制御の仕方を教えないといけないでしょうね。……どこかで」


 “今すぐ”ではない。でも、“いつか”は確実に来る。


 恒一は深く息を吐いた。


「……分かった」


 多くは言わない。


 それでも、その一言には考え、引き受ける覚悟が含まれていた。


 萃香はそれを見て、満足そうに微笑む。


「大丈夫よ」


 夜風が、茶の香りを揺らす。


「あなたは、ちゃんと立ち止まれる人だもの」


 それが、励ましなのか、信頼なのか。


 恒一は答えず、静かに夜を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ