傍に置くもの
清磬が戻ってきたのは、日が傾き始めた頃だった。
どこか様子が違う。
疲れている、というより――言葉が、うまく見つからない人の顔。
師姉は、それを一目で察したらしい。
「おかえり」
いつも通りの声。
深く聞きもしないし、理由を問うこともしない。
代わりに、部屋の隅に目をやる。
「……あら」
そこには、いつの間にか置かれていた小さな飾り台。
その上に並ぶのは、人形や小物。
どれも、少し手が込んだものばかりだ。
「これ、いいじゃない」
師姉は楽しそうに言って、清磬の方を見る。
「美少女はね、傍に置いておくものよ」
何気ない口調。
冗談とも、本気とも取れる。
清磬は、その言葉をすぐには理解できなかったようだった。
「……?」
首を傾げる。
師姉は、少しだけ距離を詰めて続ける。
「別に、無理しなくていいのよ」
「言いたくなければ、言わなくていい」
「でも――言いたくなったら、言えばいいだけ」
促すような言い方。
命じるでもなく、教えるでもない。
ただ、選択肢を置いているだけ。
清磬は、しばらく黙っていた。
自分の中にある違和感を、どう扱えばいいのか分からない。
不愉快。
落ち着かない。
でも、それを言葉にする術がない。
その時。
玄関の方で、扉の音がした。
「戻った」
恒一の声。
清磬の視線が、反射的にそちらへ向く。
師姉は、何も言わない。
ただ、静かに見ている。
清磬は、一歩、前に出た。
直接的に何かを求めるわけでもなく、手を伸ばすわけでもない。
ただ、いつもより少し近い位置に立つ。
そして。
「……少し、傍にいてもいいか」
本来の口調。
丁寧で、距離を測るような言い方。
一瞬の沈黙。
師姉が、にこりと笑った。
「いいじゃない」
即答。
理由も、条件もない。
清磬は、それで十分だったようで、それ以上何も言わなかった。
恒一は、特に気にした様子もなく頷く。
「ああ」
それだけ。
そのやり取りを。
私は、少し離れた場所から見ていた。
音を立てないように、息を潜めて。
清磬の声。
距離。
立ち位置。
どれも、昨日までとは少し違う。
でも、誰も騒がない。
問題だとも思っていない。
師姉は満足そうだし、恒一はいつも通りだ。
清磬自身も、それが何なのか分かっていない。
分かってしまったのは――私だけだった。
視線を逸らす。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
でも、それが何なのか、まだ言葉にはできなかった。




