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戻ってきた夜

 翌朝。


 昨日のことは、考えないようにしていた。


 制服に着替えて、いつも通り家を出て、いつも通り学校に来る。


 銀座の夜は、ちゃんと終わった。


 そういうことにしておく。


「ねえ、昨日のテレビ見た?」


 教室に入ってすぐ、そんな声が耳に入った。


「銀座のやつ?」


「そうそう、夜景の特集」


 何気ない会話。


 関係ない。はずだった。


「歩いてたカップル、雰囲気よくなかった?」


 ……カップル。


 その言葉に、心臓が一瞬だけ跳ねる。


「高校生っぽかったよね」


「え、あれ高校生? 大人っぽくない?」


 私は、鞄を机に置く手を止めた。


 ひなたが、何も言わずにこちらを見る。


 そのまま、スマホをスッと差し出してきた。


「……これ」


 画面には、短い動画。


 夜の銀座。街灯とネオン。


 その端に――


 並んで歩く、二人の姿。


 高そうな服。近すぎない、でも離れていない距離。


 ……私と、恒一。


解像度の低い映像の中で、彼が私の歩幅に合わせて少しだけ歩調を緩めた瞬間が映っていた。

そのほんの些細な配慮が、他人から見れば『恋人への献身』に見えるのだと突きつけられて、指先が震えた。


「……」


 声が出ない。


「一瞬だけだからさ」


 ひなたは、さらっと言う。


「誰か分かるレベルじゃないし」


 それが、余計に逃げ場をなくす。


「でもさー」


 後ろの席の誰かが言った。


「ああいうの、付き合ってるって言われる距離だよね」


 私は、何も言わなかった。


 否定も、肯定も。


 ただ、画面から目を逸らす。


 昨日の夜景。

 歩幅。

 隣にいた感覚。


 全部、思い出してしまうから。


 ひなたが、小さく肩をすくめた。


「まあ、噂になるほどじゃないでしょ」


 そう言って、スマホをしまう。


 助け舟なのか、ただの事実なのかは分からない。


 その時。


「……おはよう」


 教室の入り口から、恒一の声がした。


 いつも通り。


 何も知らない顔。


 私たちは、目が合った。


 ほんの一瞬。


 それだけで、昨日の距離が、頭の中に蘇る。


 私は、視線を逸らした。


 軽い話題のはずなのに。


 どうしてだろう。


 胸の奥が、少しだけ、ざわついていた。

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