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背伸びの先

「萃華姐さんの知り合いの方で?」


 黒いスーツの男性が、恒一の方に視線を向けてそう尋ねた。


 丁寧な口調だったが、どこか慣れた響きがある。


 恒一が軽く頷くと、男性は差し出された包みを受け取り、深く一礼した。


「お手数をおかけしました。

 萃華姐さんにも、改めてご挨拶に伺います」


 そう言ってから、後ろに控えていた若い男性に声をかける。


「おい」


 短い呼びかけ。


 若い男性は心得た様子で、紙袋をこちらに差し出してきた。


 受け取ると、思ったよりも、ずしりと重い。


「よろしければ、

 皆さんでお召し上がりください」


 それだけ言って、二人は静かに頭を下げた。


 店の奥へと戻っていく背中を見送り、外に出た瞬間、私は小さく息を吐いた。


 ……ほっとした。


 初めての場所。

 初対面の相手。


 緊張しない方が、無理だ。


 それに――。


 通りに面した窓に、ふと映った自分の姿を見る。


 明らかに、高そうな服。


 いつもの私とは、少し違う輪郭をしている。


 この後に行く店にはドレスコードがあると聞いていた。


 それに合わせて、萃華が用意してくれた服。


 髪型も、化粧も。


 全部、萃香の手によるものだ。


 眼鏡のフレーム越しじゃない視界は、久しぶりで。


 広すぎて、どこを見ればいいのか、少し分からない。


「……変じゃないかな」


 振り返って、尋ねる。


 声が、思ったより小さくなった。


 恒一は、すぐには答えなかった。


 一度、視線を逸らして、少し考える。


 そして、短く。


「……良く、似合ってると思う」


 言葉は少ない。


 でも、本心で言ってくれているのが分かる。


 変に取り繕う感じが、ない。


 そう言う彼自身も、以前に見たことのある黒いスーツ姿だった。


 私の知らない場所に、自然に立っている。


「そろそろ時間だ」


 恒一がそう言って、通りの向こうを指さす。


「……え?」


 その先を見て、思わず声が出た。


 そこにあったのは、本来なら、一生訪れなさそうな――高級ホテルだった。


 夜の光を受けて、静かに、堂々と佇いている。


 胸の奥が、少しだけ、きゅっとなる。


 背伸びしている。


 そんな感覚が、はっきりとした。


 それでも。


 私は、足を止めなかった。


 恒一の隣で、その場所へ向かって歩き出す。


 萃華は、こういう時、絶対に手を抜かない。


 そのことだけは、よく分かっていた。

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