日常の外へ
放課後、萃香に呼ばれた。
いつもの調子で、「ちょっとお願いがあるの」と。
内容を聞いて、少しだけ目を瞬く。
「東京の銀座まで、これ届けてきてほしいの」
手渡されたのは、小さな包みだった。
軽くて、けれど丁寧に包まれている。
「急ぎじゃないけど、
今日の方が都合がいいのよ」
萃香はそう言って、穏やかに笑う。
続けて、何気ない声で言った。
「せっかくだから、
向こうでご飯でも食べてきなさい」
店の名前を聞いて、一瞬、言葉に詰まる。
高校生には、少し高そうなお店だった。
「夕飯だから、ちょうどいいでしょ」
迷いを見抜いたみたいに、さらっと付け加えられる。
「お代は、私が出すわ」
理由は、それだけ。
「知り合いのお店だから」
そして。
「あと、恒一を連れて行くといいわよ」
悪戯っぽく、でも軽い調子で。
命令でも、押し付けでもない。
ただ、そういう選択肢を当たり前みたいに置かれただけ。
私は、すぐに返事ができなかった。
一拍。
本当に、ほんの一瞬だけ。
断る理由と、行く理由が、頭の中で交差する。
その間に。
清磬が、何か言おうと口を開いた。
「……」
でも、声は出ない。
「清磬ちゃん、こっち手伝って」
萃香が、まるで偶然みたいに声をかける。
清磬は、一度こちらを見てから、何も言わずに萃香の方へ向かった。
言葉は、置き去りにされたまま。
私は、視線を恒一に向ける。
いつもの場所にいる。
変わらない表情で、こちらを見ていた。
何も言わず、小さく頷く。
それだけ。
背中を押すわけでも、引き留めるわけでもない。
でも。
「一緒に行く」という選択肢を、そこに置いてくれている。
「……じゃあ」
私は、包みを持ち直す。
「行ってきます」
萃香は、満足そうに笑った。
「気をつけてね」
その言葉のあと、私にだけ、軽くウインクを返す。
意味は、分からない。
分からないけど。
私は、外に出ることを選んだ。
恒一と、二人で。
清磬は、背後で何も言わなかった。
それが、少しだけ気になった。
でも、振り返らなかった。
今は、前を向いていたかった。
家の扉を出ると、夕方の空気が、少し違う。
いつもの日常から、一歩だけ外れた感じ。
私は、その感覚を、静かに胸にしまった。




