いつもの距離
萃香に呼ばれて、家に来るのはいつも通りだった。
「お願い、また着てもらっていい?」
そう言われて、私は差し出されたコスプレ衣装を受け取る。
サイズ合わせ。
装飾の確認。
全身のバランス。
この手伝いも、もう慣れたものだ。
この時間が嫌じゃない理由は、自分でもはっきりしている。
この手伝いの間、恒一はいつも、少し離れた同じ位置で様子を見てくれている。
着替えの邪魔にならない距離。
でも、視線を向ければすぐ分かる距離。
近すぎず、遠すぎない。
それが、いつの間にか「安心できる距離」になっていた。
今日も――そう思って、衣装を抱えたまま視線を向ける。
……あれ?
恒一は、いつもの場所にいなかった。
少しだけ奥。
萃香のすぐ近く。
そこに、清磬が立っている。
清磬は、萃香から渡された服を、そのまま受け取っていた。
「これ、着てみて」
「分かった」
短いやり取り。
清磬は、迷いなく、その場で上着を替える。
サイズを気にする様子もなく、鏡を覗くこともない。
ただ、言われた通りに。
萃香は、楽しそうに笑った。
「似合うわねぇ。
じゃあ次、これ」
次々と服が出される。
清磬は、それを拒まない。
疑問も持たない。
ただ、淡々と着ていく。
恒一は、その様子を見て、小さく苦笑していた。
止めるでもなく、口を出すでもなく。
私は、衣装を持ったまま、その場に立ち尽くしていた。
……いつもなら。
この辺りで、恒一の視線がこちらに来る。
声をかけられなくても、それだけで十分だった。
でも、今日は。
視線が、来ない。
恒一は、清磬と萃香の方を見ている。
それだけのこと。
それだけのはずなのに。
胸の奥が、きゅっと痛んだ。
理由は、考えない。
考えたくなかった。
私は、衣装を胸に抱え直して、何も言わずに立っている。
安心できていた距離は、壊れたわけじゃない。
ただ――今日は、そこにいなかった。
それだけの違い。
それだけの違いが、こんなにも重いなんて、思いもしなかった。




