理由の形
清磬は、恒一の作業を横で見ていた。
符の配置。
紙兵の調整。
次に当たる地点の選定。
すべてが淀みなく、効率的だ。
その規則正しい動作は、かつて自分が「磬」として鳴らされていた頃の、狂いなく打ち鳴らされる拍子のように、恒一の筆致は彼女の意識を整えていく。かつて自分がただ音を返すだけの器であった頃の、完璧な受動性を思い出し、心が静かに凪いでいた。
「この順で進めれば、
無駄な干渉は避けられる」
清磬は、感情を排した声で告げる。
恒一は、それ以上の言葉を足さず、短く「同意する」とだけ返した。
清磬は、それで良いと判断する。
自分の言葉が、単なる意見ではなく「作業工程の一部」として正確に組み込まれていく充足感。
人間特有の曖昧な情緒に左右されないこの関係こそが、今の自分には最も合理的で、安全なはずだった 。
だから、清磬は無意識に一歩、距離を詰めた。
二人の肩が触れ合うか、触れ合わないか。
恒一の体温が、冬の夜気のように静かに伝わってくる距離。
視界が重なり、彼が描く符の筆先までが、自分の指先のように鮮明に感じられる位置。
作業効率が、上がる。
それが、自分に与えた唯一の理由だ 。
理由があるなら、この不自然なまでの接近も正当化される。
清磬は、そう自分に言い聞かせ、深く思考の海へ沈めた。
けれど、胸の奥。
「効率」という冷たい言葉では埋めきれない、かすかな共鳴のような違和感。
それはかつて、自分がまだ動けぬ器物だった頃、自分を最後まで守ろうとしたこの男の「手の熱」を思い出させようとする、深層記憶の残響だった 。
それはまだ、言葉という「理由」にならない。
だから、清磬はそれを無視し、ただ隣にある熱を、静かに肯定した。




