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線を引く者

 場所は、結界の内側だった。


 人の気配はない。

 音も、風も、遮断されている。


 男は、膝をついていた。


 もう暴れる気力はない。

 理解してしまったからだ。


 自分が、最初から“戻れない側”にいたことを。


「……なあ」


 かすれた声で、男が言う。


「俺は、ただ……」


 言葉は、続かなかった。


 恒一は、男の前に立っている。


 感情は、顔に出ていない。


「お前は」


 淡々と、事実だけを告げる。


「道を外れた」


「それだけじゃない」


 一拍、置く。


「人を傷つけた」


 男は、俯いた。


 否定できない。


「仙でも、人でもない力を使い」


「制御を失い」


「結果として、無関係な人間を巻き込んだ」


 声に、揺らぎはない。


 裁定だった。


「この世界では」


 恒一は、続ける。


「それは、戻れない線だ」


 清磬は、少し離れた場所で立っていた。


 口は出さない。


 止めもしない。


 それが、正しいと知っているから。


「——以上だ」


 恒一は、術式を展開する。


 光も、爆発もない。


 ただ、男の中にあった“歪んだ力”が、完全に断ち切られる。


 断絶。


 それは一瞬だった。


 結界が、静かに解ける。


 そこに残るのは、もう“何者でもない”存在だった。


 恒一は、視線を落とさない。


 後悔もしない。


 選択肢は、最初から一つだった。


「……終わった」


 清磬が、短く言う。


「ああ」


 恒一は頷く。


「この件は、ここまでだ」


 清磬は、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。


「彼女には?」


「言わない」


 即答だった。


「知らなくていい」


「……そうか」


 それ以上、清磬は何も言わなかった。


 彼女は理解している。


 これは、守るための沈黙だ。


 そして同時に。


 恒一が、決して踏み越えさせない線でもある。


 夜は、何事もなかったように更けていった。


 翌日。


 学校では、「最近、倒れる人の噂が減ったらしい」そんな話が、ちらりと聞こえるだけだった。


 理由を知る者は、誰もいない。


 それで、いい。

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