価値のないもの
男は、地面に座らされていた。
両腕は縛られていない。
だが、逃げようという気力が、もう残っていない。
周囲を囲むのは、紙。
白く、薄く、けれど一枚一枚が、男の意識を縛り付けている。
「……クソ」
唾を吐き、男は顔を上げた。
目の前にいるのは、二人。
一人は、静かな男。
もう一人は、少女の姿をした何か。
どちらも、自分より“上”だと、直感で分かる。
「名前は?」
恒一の声は、淡々としていた。
「……言うと思うか?」
「思わない」
即答。
その時点で、男は悟った。
交渉じゃない。
命乞いの場でもない。
ただの確認だ。
「その“道具”を、誰からもらった?」
「知らねぇよ」
男は笑う。
「使い方だけ教えられた。
名前も、正体も聞いてねぇ」
清磬が、一歩前に出た。
その視線が、男を貫く。
「いつから?」
「……半年くらい前だ」
「報酬は?」
「金と……」
一瞬、言葉に詰まる。
「……力だ」
清磬は、頷いた。
「治癒。身体能力の向上。
いずれも、継続使用が前提だったな」
「知ってたさ!」
男は、急に声を荒げる。
「使わなきゃ戻る。
だから、使い続けた!」
「——依存だ」
清磬は、即座に言い切った。
男は、睨み返す。
「うるせぇ。
俺は選ばれたんだ」
「違う」
清磬の声は、冷たい。
「使われただけだ」
一瞬、男の表情が歪む。
「……上は?」
恒一が聞く。
「最後に連絡があったのは?」
「……何日も前だ」
沈黙。
清磬は、男から視線を外した。
「切り捨てられている」
断定。
男の呼吸が、乱れる。
「嘘だ」
「嘘ではない」
清磬は、感情を挟まない。
「お前が捕まったことに、
混在側は興味を示さない」
「……は?」
恒一が、静かに補足する。
「こちらが感知した時点で、
向こうは把握している」
「だが、動きはない」
「つまり——」
清磬が続ける。
「お前の情報に、価値はない」
男の顔から、血の気が引いた。
「……待て」
「俺は——」
「もう十分だ」
清磬は、男を見下ろす。
「下の者が知っている情報は、
すでに揃っている」
「これ以上、お前から得るものはない」
男は、口を開けたまま、言葉を失った。
混在側にとって。
この男は、最初から“切る前提の駒”だった。
捕まろうが、喋ろうが、死のうが。
関係ない。
その事実だけが、はっきりと突き付けられていた。
恒一は、短く息を吐いた。
「処理は、こちらで引き取る」
清磬は、何も言わずに頷いた。
躊躇は、ない。
それが、彼女の立っている場所だった。
男は、俯いたまま、何も言えなくなっていた。




