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三年前の夏は何ともなかったのに、今年はどうしたことか翌日になって風邪をひいてしまった。濡れた身体なのにも関わらず、雪月さんを気遣って車内のクーラーを効かせてしまったのが良くなかったのかもしれない。ただでさえ虚弱体質なのに、この四年、運動習慣が全く無いのもまずかった。
風邪を引いた当日は雪月さん達の看病を受け、その甲斐もあってか次の日には無事回復したのだが、ぶり返したら良くないから、と今日一日は安静にしているように言い渡された。が、身体は元気だったため、雪月さんが買い物に言っている間を見計らって、私はベッドから起き上がった。そしてそのまま屋敷の中を改めて散策した。から傘も一つ目も各々の仕事をこなしていたため、監視の目はなかった。
ふと前方を見遣ると、二階の廊下の突き当たりの所である。不用心に開かれた扉があったので、私は、これは非常に良くないことなのだが、好奇心から迂闊にも侵入してしまった。電気をつけると、部屋の様子から雪月さんの第二寝室であることがはっきりと分かって、これはダメだと退散しようと思ったのだが、テーブルの上に開きっぱなしの手記が置かれているのに気がつき、つい目を留めてしまった。この件については、追求されたら全く言い逃れが出来ない。
手記はいつ書かれたものなのか定かではなかったが、彼女の書いたものには違いなかった。暖光が照らすその文字を、私は目でゆっくりと追った。内容は大体以下の通りであった。
某年、八月七日。
私はどこからやってきたのだろう。気がついたら一人ぼっちで冷たい屋敷の中にいた。私には確かお父さんとお母さんもいた気がするんだけれど、実感はない。私は何のために生まれてきたのだろう。私はどのように生きていけばよいのだろう。
某年(それは昨年だった)十月十日。
明日を考えると憂鬱になる。どれだけ誤魔化してもこの道の先には死があって、それでも私はこの道を歩まなければならない。音に合わせて調子をとって、死ぬまで人形。死が怖いんじゃない。死へとたどり着くまでのこの果てしない茶番の道のりが恐ろしいのだ。私は昨日も今日もこれからも、この道をたった一人で歩くのだと思うと、それだけで気が滅入ってくる。人はこれが寂しくて家庭を持ったりするのでしょうね。生憎私にはそんな期待はない。気になる人はいつでも遠い面影になって、己がものだとはとても出来ない。手を取り合って共に歩もうという意気地もない。ただその人と楽しい時を過ごそうとして、そうしていつも取り返しのつかないことになる。私は精神に美徳を持った美しい人が好きだ。己の生き方に芯がある人が好きだ。けれども私にはそんな美しい人の手を取る勇気もなければ、顔を上げて隣を歩いていく勇気もないのだ。ただ祈って明日も会えますように。人生の伴侶を得たらこの地獄の道もきっと明るく輝く道になるでしょう。そう信じねば私は人生を生き抜くことが到底出来そうにありません。夢見る幸せだけが心の拠り所なんです。
手記を見た私はそっとそれを閉じて自室に向かおうと思ったが、無駄だった。手記を勝手に覗こうとした人間に対して働く、何か魔術的な仕掛けがあったのかもしれない。私は部屋に閉じ込められ、行き場を失ってしまった。
そのまま二十分程が経ったのであろうか。取り乱した雪月さんが、部屋の扉を開けてこちらに駆け寄ってきた。そして状況を何となく察すると、彼女は怒るでも呆れるでもなかった。彼女はさめざめと泣き始めた。私はどうすることもできず、しばらくの間はただじっと彼女の傍で黙っていたのだが、
「出ていって!」
そう強く言われると、すごすごと引き下がるしかなかった。
「ごめんなさい」という私の謝罪の言葉は全くもって意味をなさなかった。




