表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪女さんこんにちは  作者: suzumi
時は過ぎていく
32/37

 時間は残酷であっという間に過ぎ去って行く。年が明けると講義に部活にバイトに大忙しで、瞬く間に春季休暇が訪れた。


 春休み中の私はスチャラカ大学生に相応しい怠惰な日々を送っていたのだが、唯一、未来の糧になる行いとして、夏休み中に稼いだお金の余りを使って免許合宿に行くことを実行した。(車に乗りたい欲もないのにやる気があるのは自分でも不思議だった)だが、二週間の後に下宿に帰ってきてからは、再び怠惰な生活を満喫していた。


 気がつくと私はもう二年生になっていた。雪月先輩は八年生で、神崎先輩も何かと忙しくなる三年生である。原口部長も部長を退任し、院進するただの原口として部活に顔を出すだけとなった。矢田とは相変わらず何の進展もない無益な交友を続けていたが、ああ、時間はあっという間に過ぎ去って行き、変わらないものは決してない。この当たり前の事実にしみじみとしなくなるのは、一体何十年先のことになるのであろうか。


 雪月先輩との仲は去年のクリスマス以来、全く進展していなかった。彼女の好きな食べ物は雪見だいふくで、好きな小説家は芥川龍之介、好きな詩人はヘルマン・ヘッセで、好きな動物はふわふわとした手触りの猫と、彼女のことなら価値観や考え方含めて非常に多くのことを知っている筈で、部内では神崎先輩と一二を争うほど彼女と仲睦まじい私であるのだが、どうしてだか、靄がかったように何か彼女についての肝心なことを知らない気がするのだ。その一点に全部の責任を被せる気は毛頭ないが、その一抹の不安が私の勇気を減退させていたのは全くの事実である。



 その日は原口部長のお別れ会兼新入生歓迎会兼高田副部長昇進会がヤケミズ公園の桜の木の下で開催された。四月も中旬で桜の満開時期はとうに過ぎてしまっていたのであるが、それが幸いして公園内には他の花見客が少なく、桜も依然として綺麗だったため、怪奇幻想部の集まりとしては、むしろ非常にやりやすかった。


 宴会は昼過ぎから開催されることになっており、私は矢田と共に会場に向かった。集合時間五分前の筈だが、池に面した桜の木の下には既にレジャーシートが敷かれてあった。


「遅い! もう皆待っていたのよ」


 到着早々、神崎先輩が叫んだ。


「ちゃんと巻き寿司も買ってきたんでしょうね」

「ええ、このとおり」

 私が言いながら袋を見せると、阿吽の呼吸で矢田が袋から巻き寿司を取りだした。他にも諸々買ってきたものをレジャーシートに並べていると、小高い丘の方で高木副部長に薫陶を施していた原口部長と吉田先輩も、こちらの方にぞろぞろと歩み寄ってきた。部長に就任することが決まっている高木副部長は一人佇んで、何やら感慨に耽っているようだった。


「乾杯に相応しい焼き鳥はあるのか!」


 勿論こう叫んだのは吉田先輩ではなく、原口部長の方である。


 宴会が始まると、五名の新入生達に特段いい顔をしたかった私は、早速彼らの隣に座って、ジュースやら焼き鳥やら巻き寿司やらを配膳しだした。彼らは矢田と共に苦心して何とか我が部に引き入れた大事な後輩達なのである。


 ああ、今年の新歓は思い出すだけでも大変だった。あらゆる雑事を先輩方に押し付けられ、私と矢田はキャンパス内を駆け回って勧誘活動に勤しんだ。昨年、私と矢田しか入部しなかったツケを何故か私と矢田が払わされることになり、


「いっそ集まらなくて廃部になってもいいんじゃないか」


 普段は後ろ向きにならない矢田もそう弱音を吐いたくらいの過酷さだったのである。何せ先輩方の怠慢により新歓のノウハウが全く蓄積されておらず、その上、本来は協力者である筈の文化会には敵視されてしまっているのであるから、当然と言えば当然の話である。


 ところで新入生達の中でも私が特に仲良くなったのは、山崎君と緒方さんの二人であった。特に深い理由はなく、単に彼らが部活に顔を出す頻度がレギュラーメンバー並に高かったからである。山崎君は姿勢も話し方もふにゃふにゃな印象の頼りない青年であるが、これで中々ユーモアがあり、場の空気を強烈な一言で攫っていくことも少なくない。私と矢田は早速彼をとんこつラーメン屋キジトラに連れて行ってやった。


 緒方さんは金色のインナーカラーが特徴的な奇抜な女の子で、非常に好奇心が旺盛である。その活発さと元気な感じが良い具合に作用したのか、彼女は既に神崎先輩と雪月さんの寵愛を受けつつある。


 他の新入生たちに関しては正直まだ殆ど関わりはないが、そんなことなぞお構いなしに、私は彼らを含めた新入生達に向かって怪奇幻想部とは何たるかを語り、せいぜい学業の方に身を入れるべきだとアドバイスした。


 私が尚も新入生同士の交流を妨げて、自分と新入生との関係構築に力を入れていた時である。緒方さんに神崎先輩の恐ろしさを説いていた私は突然襟首を掴まれた。


「水口くんはこっち側だろ」


 見咎めた雪月先輩に引っ張られて私は所定の席に戻された。席なんかどうせ直ぐにぐちゃぐちゃになるだろうに、雪月先輩も律儀な人である。私は山崎君と緒方さんにくすくすと笑われ、神崎先輩にはなんと思い切り睨まれた。


 それはさておいて、可愛らしい乙女が時折使いこなす男言葉の破壊力は高いものだ、と私はふと呑気なことを考えた。であるならば、私も女言葉を上手に駆使すれば、彼女に上手いこと取り入ることができるのかもしれない。


「雪月先輩、私は新入生達には優しくしてあげたかったの」


 喉までせりあがってきた上記の言葉を私は何とか飲み干した。危ない、尊厳が失われるところであった。


 次第に下級生と上級生は入り交じって、やはりと言えばいいか、場は荒れ始めた。もやしみたいにヒョロヒョロな吉田先輩と軟体動物みたいにふにゃふにゃな山崎君との相撲三本勝負が突発的に始まり、盛り上がった一同は酒の一気飲みを賭け、未成年は巻き寿司の大食いを賭けた。戦いは一進一退の攻防が繰り広げられ、戦績は一勝一敗となったが、最終的には大相撲ファンだという山崎君の上手投げで勝負が決まった。山崎君は胴上げをされて、勝利の巻き寿司を半強制的に食べさせられた。


「諸君、聞いてくれ!」


 宴もたけなわとなったところで、原口部長がどこにも繋がっていないマイク片手に演説を開始した。麗らかな天気にそぐわない緊張感が流れたが、それは杞憂だった。原口部長は別れの言葉に相応しい感謝と後悔と激励を述べ、最後に改めてこう言った。


「俺は散々奇人だ奇人だと言われて来たが、本当は天才になりたかった。奇人になるなんてのは実は誰にでも出来ることなんだ。だから俺は天才になろうと色々努力したけれど、結局俺は天才にはなれなかった。明日から俺はただの大学生になり、来年には院生として研究室に籠り切る予定であるが、お前らとのおかしな日々は忘れない。時々は部室に遊びに行くよ」


 原口部長らしからぬ湿っぽい発言で、私は呆気に取られてしまった。それは皆も同じだったようで、桜の花びらだけが空気を読まずにヒラヒラと舞っていた。しばらくは妙な空気が温厚な春の陽気を飲み込んだが、


「原口部長、お疲れ様でした」


 高木副部長が涙ながらに言ったのを皮切りに、原口部長への惜しみない拍手が贈られた。場は原口部長万歳ムード一色になり、男連中による先程よりも気合の入った胴上げが始まった。


「先輩がいて楽しかったです」


 神崎先輩もしおらしく言った。私は二人の握手というのを初めて見た。


「今年からは常識的な普通の部活に戻していきますけどね」

「ああ、好きにやってくれたまえ」

「原口君、お疲れ様」


 本来なら見送られる側な筈の雪月先輩も珍しく素直な言葉を口にした。


「ああ、ありがとう」


 原口部長も素直だった。私も二人に遅れて原口部長に握手と抱擁を求めに行った。原口部長は皆からの労りを全て受け取ると、リュックからプラスチックの棒きれを取り出し、文字通り部長のバトンを高木副部長に引き渡した。高木副部長が高木部長へと変貌を遂げた瞬間である。


 新入生達は原口部長のことを詳しくは知らないであろうが、僅かな思い出と目の前の光景から何かしらの感銘は受け取ったらしかった。その光景を静かに眺めていた。


 私は次第に暮れてゆく夕空と変わりゆく日常を重ねながら、そろそろ自分も動き出さねばと強く思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ