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雪女さんこんにちは  作者: suzumi
時は過ぎていく
31/37

 ちょうどこの三人が一堂に会する機会は普段から別に少なくもなかったが、雪月先輩は他の皆と同様に実家に帰省しているものと思い込んでいたので、初詣で会うのは不思議な気がした。何とはなしに見つめていると、雪月先輩は怪訝な表情でこちらを見つめ返してくる。


「ねぇ、このままだと矢田くんが全部食べちゃうけどいいの?」

「あっ、確かに、でもまぁ良いですよ」


 意識を目の前に戻した私は、矢田の方を見もせずに、まごつきを全く隠せぬまま言った。


「なら、いいんだけどね」


 雪月先輩は小さく苦笑した。


 さて、ベビーカステラも食べきったことだし、これはそろそろ本堂の方へ向けて歩き出そうかと私達は重い腰を上げかけていたのだが、


「チチチッ、チチチッ」


 高い囀りがするので辺りを見廻したら、長い尾羽を持った一羽の小さな鳥が砂利の上をちょこまかと歩いているのを見つけた。


「スズメの色違いみたいだな」


 矢田が無感動に言った。甚だ頭の悪い感想であるが、ちょうど私も同じことを思った。


「この鳥はね、ハクセキレイっていうんだよ」


 雪月先輩は花や果物で例えたくなるような艶やかな唇を動かした。この博覧強記振りは一体何処からやって来ているのだろう。空滑りする私の視線など意に介さず、彼女は続けた。


「両足でぴょんぴょんと跳ねて移動する雀とは違って、人間みたいに左右の足を交互に出して移動するんだよ」


 雪月先輩はそう言うと足をバタバタとさせ、天然かワザとか、私の靴底を蹴飛ばした。


「ごめんよ」


 上がりかけた悪戯っぽい口角を隠しきれていない。


「全くそう思っていない謝り方ですね」

「ひどい! そんなことないよ! ねぇ、矢田くんもそう思うよね?」

「ええ、水口に対する謝り方としては結構だと思いますよ」

「どういう意味だよそれは」

「解釈の余地なく言葉通りだ。お前みたいなダメ人間にはあの程度の謝り方で十分なんだ」

「それはそれで違うよ」


 珍しく雪月先輩がツッコミ役を担った。


 ハクセキレイはそういった私達のやり取りの一部始終を歩きながら眺めていたみたいだったが、やがて参道とは別の山際に面した人気のない石段をテケテケとした歩調で上り始めた。


 すると私は突如として強い衝動に駆られた。そして気がつくと口から言葉が零れ出ていた。


「追ってみようかな」


 雪月先輩もちょうど同じことを考えていたみたいで、


「そうだね。どうせならこっちはピョンピョン飛びで対抗しよう。ほら、七割近くの鳥はホッピングで移動するのが主流だし」


 意味の分からぬことを意味の分からぬ理屈で補強している。


「そりゃ道理ですね」


 苦笑しながらそれでも私が追随すると、


「付き合ってられるか。俺は帰るからな」


 呆れた矢田は半ば帰りかけ、それでもしばらくは私達二人の様子を窺っていたが、私も雪月先輩も全く本気でハクセキレイを追いかけようとしていることを悟ると、


「マジかよ、ああ、もう好きにしやがれ。俺は谷畑の奴とパチンコでも行くさ」


 こりゃあ敵わんと降参ポーズを取って、スタスタと雑踏の中に消えていった。すまん矢田よ。


 残された私達は互いに頷き合うと、悠々と先を行くハクセキレイを追った。



 木漏れ日に照らされた石段を、両足を揃えたぴょんぴょん歩きでしばらくの間上ると、直ぐに息が切れた。日頃の運動不足もあるのだろうが、石段が築かれた坂の斜面は思いの外きつく、石段自体もかなり幅が狭く続いていたので、これは中々に危なっかしい。良い子は真似せぬ方が懸命であろう。一方のハクセキレイは私達を煽るかのようにノロノロと石段を上っている。


 風が吹く度に日向と日陰の境目がちらちらと揺れて、どうしてか私は春を感じた。香ってくる風の匂いがそうさせたのかもしれない。


 隣では雪月先輩が平常よりは少し早くなった呼吸を繰り返していた。私が見つめると、まだまだ疲れていないぞと言わんばかりに余裕気な微笑を見せたが、うん、やはり呼吸は早くなっている。私は彼女から何か人間的なものを感じて、少々嬉しくなった。


「何を笑っているんだよ」


 自分が見当のつかない事態を好まない(それは非日常を除いて)雪月先輩は不満を垂れた。


「別に。というかここまで来てホッピングで追う必要はあるんですか」

「ないよ」


 あっさりである。


「でも、意地だね。騎虎の勢いというやつだ」


 意地か。それは多分ハクセキレイにもあるのだろう。なぜといって、奴め、飛翔すれば一瞬で私達を撒けるであろうに、一向に空を飛ばず、あくまでも長い尾羽を上下に揺らしてぴょこぴょこと石段を歩いているのだ。


 奴も奴でさっきから何度も後ろを振り返っては私達の追ってくることに嘆息していた。


 まだまだ石段は続いていたが、幸いにもハクセキレイは途中で横手に折れてくれた。見るに、そこは小さな祠が寂しく鎮座している他は人工物がてんでない細い小道で、雨が降ったらぬかるみ道になりそうな按配だった。辺りには常緑植物が茂っていて、陽の光は薄かったが、私達は再び顔を見合わせて頷きあうと、てちてちと歩くハクセキレイを尚も追った。


 そのまま何百歩ほど歩いたのだろう。ハクセキレイはいよいよ立ち止まり、巨大な岩の裂け目にできた洞穴の中に消えていったのだが、ん? 私は目を疑った。あのハクセキレイ、確かに手で玄関の扉を開けるような仕草をしたのだ。扉も微かに見えて、それは恐らく木製だった。私は好奇心に駆られながらも雪月先輩の方を見た。興味津々の目つき。彼女もやっぱり同じ気持ちらしい。私達はまたしても頷き合い、脈打つ心臓を抑えながら、いざ洞穴の中を覗き込もうとした、その瞬間である。


「いい加減しつけーぞ!」


 ハクセキレイは木扉を蹴破って私達の頭上に飛び上がった。そうして適当な枯れ枝の上に危なげなく着地した。


「なんて暇な奴らなんだ。元旦から初詣もせずに、鳥なんかを追いかけるたぁ!」


 自虐なのだろうか。ハクセキレイはぶつくさと文句を垂れながら、さっきよりも高い場所にある枯れた欅の木の枝に飛び移った。


「しかも、よりによってアベックときやがる」


 古臭くも甲高い捨て台詞を吐き、 今度は木立の中を遥か遠くまで飛んで行った。


 残された私たちは互いに顔を見合わせた。


「あの鳥、喋りましたよね?」

「うん、喋ったのかもしれない」

「いや、喋ったんですよ!」


 私は柄にもなく子供っぽく騒ぎ立てた。が、雪月先輩はほんの少し瞳孔を開いたきりで、全く落ち着いた様子である。


「雪月先輩、鳥が喋ったんですよ!」

「うん、すごく不思議だったね」


 声色はいつもより明るかったが、それでもやはり泰然自若である。それと引き比べると私の騒ぐ姿はちょっと滑稽に思えた。自分俯瞰視した私は声のトーンを若干落として、


「これはとんでもない怪奇幻想ですよ」とそれでも騒ぎ立てたが、

「そうだね」


 雪月先輩は冷静なままだった。ことによってはすげなくも思えた。具体的なことは分からぬが、彼女は何もかもを見抜いていながら、わざと知らぬ風を装っているように見えた。


 その後は、解禁した交互歩行を存分に堪能して石段を降りた。所要時間はなんと行きの半分。それでも、麓に降りた頃にはもう夕陽が山際でスタンバイを始めている時刻である。空いてきた参道をスイスイと進み、私達は手早く参拝を済ませた。勿論、おみくじだって忘れなかった。結果はあまり言いたくないが、雪月先輩が勝ち誇ってにんまり顔を浮かべたとだけ言っておこう。


 神社を出ると、私達はふざけ合いながらあてもなくブラブラと歩き続け、気がつくと、ああ、いつぞやの如く私の下宿近くまで来てしまっていた。


「じゃあ、そろそろ帰ります」


 私が先手を取って言うと、雪月先輩は心持ち名残惜しそうに、そうだねと言った。その声色は私には嬉しかった。


「まぁ、また直ぐに会いますけどね」


 調子づいて揶揄するように言うと、雪月さんは怒るでもなく、たじろぐわけでもなく、案外素直に頷いた。


「そうだね、楽しみにしてる」


 消えてしまいそうな微笑で、なんだか私の方が酷い寂しさに囚われてしまった。


「そういえば、あけましておめでとうだね」


 雪月先輩は今気がついたと言わんばかりに目をぱちくりとさせた。


「ああ、すっかり忘れてましたね。……あけましておめでとうございます」


 迂愚なる私はぎこちなく言い、雪月先輩を無理に巻き込んで互いに見つめあった。今日これで何度目になるんだ、と恐らくは雪月先輩も思ったのだろう。二人は同時に呵呵大笑した。


「そんじゃあ、良いお年を!」


 わざと言い間違えたであろう雪月先輩はゆらゆらと住宅街の奥に消えていった。北風とは違う冷たい風が何の音もなく私の額を掠め過ぎた。


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