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雪女さんこんにちは  作者: suzumi
時は過ぎていく
30/37

 初詣なんかどうでもいいやい! と云う皮肉めいた姿勢は、寂しさを紛らわせるための単なる開き直りでしかない場合が往々にしてある。


 事実、初詣に行かないかという矢田からの誘いを受け取った私は、


「仕方がないな」と言いながらも炬燵から抜け出て、いそいそと出掛ける用意に取り掛かった。先程までは部屋の隅に立って、外出する人間に片っ端から嫉みの視線を向けていたにも関わらずである。


 元旦、日がよく出ていたが、それでも厳しい寒さだった。本通りからは一本外れた、ヤケミズ神社からほど近い道辻に立って矢田を待っていると、


「すまん、すまん」


 珍しく集合時間通りである。矢田が息を切らしながらやって来た。前に二時間遅れて来た際には一言も謝罪の言葉が無かったのに、不思議なこともあるものだ。


「走ってきたのか」と私は尋ねた。

「集合時間は守る主義でね。褒めてくれたっていいんだぜ」

「当たり前に集合時間を守る人間なら褒めるなんて発想にはまずならん」


 私が突き放すように言うと、矢田はおどけて舌を出した。


「水口よ、人によって態度を変えちゃいかんな。もし雪月先輩が同じことを言ったら、お前は手放しで褒めるだろうに。この前だって──」


 相変わらず針小棒大なことを大袈裟に言う男である。


「うるさい」と私は遮った。


「お前だって神崎先輩相手ならきっとそうなるに決まっているさ」

「はぁ?神崎先輩が遅れるわけないだろう!」

「仮定の話にそれを言うか!」


 新年早々、くだらない喧嘩をしつつ、私達はヤケミズ神社へと歩を進めた。


 ヤケミズ神社は予想通り混雑を極めていたので、私達は石段を下って、自ら参拝客の群に加わらざるを得なかった。これでは異端を以て自ら任じる回帰幻想部の名折れである。私達は無力感を噛み締めつつも、雑踏に混じり、彼らに合わせた牛歩で参道を進んだ。昨年、間違えて買ったサイズの若干大きい靴の中に砂利がやたらと入ってきて煩わしかった。


 導線確保に奔走している警備員達を大変そうだなと横目に見ていると、私達はとうとう開けた広場じみた場所に出た。二人共、喧騒と押し合いへし合いに疲れてぐったりとしていた。これだから三が日の参拝は嫌だ。


「本堂までの道のりはまだまだ長いな」


 矢田が大きくため息を吐くと、私も堪らず同意した。というわけで、本堂へと続く参道には尚も長い行列が続いていたが、人気に疲れた私たちは樹齢二百年を超えるという松の根元にあったベンチに目をつけて、そこに腰掛けた。木陰になっているせいで非常に寒く、そのせいで空いていたことは直ぐに分かったが、そんなことは殆どどうでもよかった。身は寒くとも、立ち上がる気はしない。


 しばらくの間、そうやって寒さに震えながら精神上の人いきれを冷ましていると、ベビーカステラの匂いがふわっと風に乗って我々の元に飛来し、私の鼻腔をくすぐった。目を遣ると、よく見かける暖簾の下に老若男女揃った行列ができている。


「小袋千円とは思い切ったもんだ。おまけに三十分待ちときていやがる。これで並んでいる奴の気がしれん」


 矢田は係の人間が持つプラカードを指差すと口を尖らせて毒づいた。


「確かにそうだな」


 脊髄反射で即座に同意しかけた私だが、業務用の機械を仔細に見つめながらそわそわとしている雪月さんを行列の先頭の方に見つけると、忽ち反転。


「いやいや、並ぶ価値はあるんだよ!」


 急転直下の大声である。矢田は目を丸くして、私の視線の行方を追った。


「ああ、お前は何とも分かりやすい男だな」


 矢田はやれやれと首を振った。私は、お前にだけは言われたくないと言いたかったが、今はそんな場合では無い。早く雪月の先輩の元に駆けつけねば、彼女を雑踏の中に見失ってしまいかねなかった。


「よし、行こう」


 何時になく思い立ったが吉日精神を発揮した私は人波に飛び込み、垣根の間を縫っていった。そうして向こう岸のカステラ屋前に辿り着いた私達は、会計を済ませ、紙袋を湯たんぽみたいに抱いて熱々のカステラをほふほふと頬張る雪月先輩に突撃を仕掛けた。


「こんにちは、雪月先輩」と恭しく言ったのは私。


「奇遇ですね。ところでそのカステラなんですが、冷める前に俺にも分けて下さい」と図々しく言ったのが矢田である。


 雪月先輩はいきなり現れた私達に多少吃驚した様子だったが、自身の抱いているベビーカステラの袋が大サイズであることに気がつくと、含羞を帯びた表情で、


「並んでいる時から気づいていたからね。君たちにも食べさせてあげようと思って」


 苦し紛れの言葉を放った。


「そうなんですか、ありがとうございます」

 しかし、鈍い私達はあくまで素直な態度を取り、結果として雪月先輩を更に赤面させた。


「はい、ふわふわの食感だよ」


 例の木陰のベンチに戻ると、私達はご相伴に預かった。


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