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雪女さんこんにちは  作者: suzumi
時は過ぎていく
29/37

 二軒目、三軒目、四軒目と重ねるにつれ、百鬼夜行じみたクリスマス壊滅党は拡大の一途を辿った。モテない男達が集まりに集まって、後ろを振り返っても最後尾がどこにあるか分からないくらいである。


「クリスマス文化を破壊せよ」

「デートなんかせずに降誕を祝え」

「孤独を伝播させるのだ」


 孤独な男達の悲痛な叫びが、これまた新たな悲痛の叫びを生み、最悪な悪循環の中で阿鼻叫喚は広がっていった。矢田も吉田先輩も日頃の鬱憤を遠慮なくぶちまけており、高木副部長は「俺は部長なんか引き受けたくない」とクリスマスに関係のない文句を叫んでいた。そんな彼らと同じく先頭集団の中にいた天体の居酒屋の主人も「今日こそ俺を裏切ったクリスマスに天誅を下してやる」と血気盛んなことをその青白い顔に似合わない必死さで叫んでいる。


「者共、静まれい!」


 皆の衆が大広場までたどり着くと、先頭を歩いていた原口部長は再び叫んだ。そうして滑稽なぐらい大袈裟な身振り手振りでクリスマス壊滅党の進軍目標を指し示した。


「敵はイルミネーションにあり!」


 この言葉で更に活気づいたクリスマス壊滅党は、落伍者達を尚もどんどんと吸収しながら、煌びやかなイルミネーションが彩る歩行者天国の大通りへと乗り込んで行った。大通りの男女比の均衡が一挙に崩れた瞬間である。


 鷹は飢えても穂はつまず。先人の言葉などはお構い無しで、原口部長達は嫉妬の炎をいきなりカップル達に向けた。具体的にはバラバラで聞き取れない罵詈雑言を、目の前の敵に向かって並べ立てた。


 突然現れた恨みつらみ塗れの異様な男共を前にして、カップル達の方は困惑の眼差しを向けた。が、それだけだった。敵の困惑を感じ取ったクリスマス壊滅党もピタッと歩みを止め、両陣営は睨み合う構図となった。一触即発の状態である。すると原口部長は前に出て、大きな声でこう言った。


「君らだって同じ人類だ。出来れば手荒な真似はしたくない。どうか今日はお家に帰って、教育テレビでも見ていてくれ。そして、明日からは順次、恋人関係という束縛から解き放たれていただきたい!」


 電車内に不審者が現れた時のように、場は静寂に包まれた。誰も原口部長に返事をする者はなかった。が、しばらくしてから、一人の青年が前に出た。彼は見るからに頭も性格も良さそうで、おまけに容姿も整っていた。そのまたオマケに美人の彼女を伴っており、彼が代表して前に出るのを心配した麗しき乙女の姿を見て、クリスマス壊滅党の面々は無いハンカチを噛んで悔しがった。青年は明朗快活なボイスで言った。


「君らの言いたいことは何となく分かる。僕だって人生でそんな風に思った瞬間が無かったとは言えない。でも、君らが弱いように、僕らだって弱いんだよ。貧弱な僕らの生活には恋人という慰めと、イルミネーションという快楽が必要なんだ! どうか今宵だけは赦してほしい」

「まさに弱者の言い分だな。だがしかし、お前は後ろで俺達を蔑んでいる不寛容な連中とはどうも一味違うようだ。お前の弱さは罪ではない。俺にも何か考えねばならんことがあるようだ」

「ああ、君こそ嫉妬に駆られた後ろの連中とは考え方が少し違うみたいだね。或いは僕の方こそ色々と考え直すきっかけをもらったのかもしれない」


 二人は歩み寄って、若干折り合いがつきそうな雰囲気が漂い始めたのだが、しかし、その時である。サラエボ事件を引き起こした青年さながらに、一人の男が雪の塊を小柄な乙女のコートに投げつけた。乙女のコートには泥混じりの雪がべちゃりとついた。


「このコート、幾らすると思ってんのよ」


 一瞬の静寂の後に放たれたその言葉を皮切りに、事態は爆発。大混乱の雪合戦が始まってしまった。


「恋愛は我々が生まれた諸悪の根源だ」

「なにおう! 恋愛は万善の源泉だ」

「甘いことを言う軟弱者共を打ち倒せ!」

「とにかく女の子を避難させろ! 奴らは所詮敗北者だ」

「なんだと! この、ええカッコしいの優男共め!」

「優男だったら良いじゃねえか。やっかみ精神の権化共が!」


 事態はますます紛糾し、場は荒れに荒れた。幸い流血沙汰は散見されなかったが、無数の雪玉と暴言が空中を行き交い、暴動鎮圧の部隊が来ないのが不思議なくらいの凄惨さであった。


「ええい、むちゃくちゃになってしまった」


 私はなんとかこの争いを終わらせようと、大将である原口部長を探して必死のパッチで戦場を駆け回った。が、視界に入るのは真っ白な雪玉と、暴れ狂う知らない人間ばかりである。


 困り果てた私は、もうこのまま帰ろうかなと、一瞬だが考えてしまった。その時である。突然、ヒューっという風切り音が聞こえてきたので辺りを見回すと、側頭部に強い衝撃が走って、そのまま私は気を失ってしまった。カップル達が投げた雪玉の中に握り拳サイズの石が入っていたのである。


 バチが当たったのだ、とは思いたくない。



 目を覚ました時にはもう誰の声もしなかった。痛む側頭部を押さえながら、私は重たい身体を起き上がらせた。近くにはブランコと外灯があった。恐らく、誰かが運んでくれたのであろう。私は大通りのすぐ横にあった公園のベンチに捨てられていたのであった。携帯を確認すると、時刻はとうに一時をまわっており、終電はなかった。


 私は尚もズキズキと痛む側頭部を押さえながら大通りに出たが、大騒ぎしていた人々の姿はやはり既に無く、イルミネーションの光も完全に消え去っていた。目の前では通行禁止が解かれた道路を度々車が通り過ぎて行くだけで、それが却って凍えるような寒さと寂しさを誘った。今からたった一人、徒歩で二時間かけて下宿へ帰ることを考えると、私は涙が出てしまいそうになった。


 すっかり心身を冷たさで貫かれた私は、しばらくの間、同じ場所に佇んで悲嘆に暮れていたが、覚悟を決めると、下宿までの長い道のりを、無慈悲な夜気に当たりながら歩き出した。が、歓楽街から離れ、街灯の少ない疏水沿いを一人ぼっちで歩いていると、なんとも心細いものである。高い場所にある月も流れゆく雲が覆ってしまい、私は孤高の境涯にいた。


「この道を、泣きつつ我の、行きしこと、我がわすれなば、たれか知るらむ」


 私はふいに田中克巳の歌を思い出し、更に身を凍えさせた。


 頬を切り裂く寒風に萎れて夜道を尚も歩いた。十分ほど無心で歩いていたのだろうか。突然、着信音が鳴った。携帯を取り出してみると、果たして雪月先輩である。


「そっちで暴動があったってニュースが出ていたけれど、大丈夫?」


 その言葉の暖かみが染み入り、今度は本当に涙が出た。


「矢田君が連絡をくれてね、君を置いて来ちゃったかもしれない。俺はもう倒れるんで、確かに伝えましたよって、呂律が回らない調子で言うから本当に心配になっちゃって」

「こっちは大丈夫ですよ」


 言い切った私は自分の安否と事の成り行き、それから今の自分の状況を詳らかに説明した。


「災難だったね、君は皆と違って、別にクリスマスを恨んでいるわけではないんだね」

「ええ、でも半分は自業自得ですよ。雪合戦が始まる瞬間まではのこのこと付き従っていたんですから」


 私の自虐に雪月先輩はくすくすと笑った。


「雪月先輩の方は何をしていたんですか」

「わたし?」


 雪月先輩はとぼけたように言った。


「私は志保ちゃんの慰め会。二週間ぐらい前に、彼氏と別れたって騒いでいたでしょ。お酒飲みすぎて寝ちゃったけど、さっきまでは色々と凄かったんだよ」


 雪月先輩は楽しそうに神崎先輩の暴れ様を喋った。彼女の豊かな身振り手振りが電話越しにも伝わってきて、思わずこちらまで楽しくなってしまう。私は、いつの間にやら自分の凍えた心身を忘れていた。


 その後もしばらくは会話を続けていたのだが、ふと今が深夜であることを思い出すと、私は雪月先輩に気を遣って言った。


「夜中にわざわざすみませんでした。もう遅いですから、おやすみなさい」

「待って!」


 雪月先輩は電話を切ろうとした私を引き止めた。


「下宿に着くまでの間、私が話し相手になってあげるよ」


 そういうわけで、私はかじかんだ手で携帯を握りながら二時間の帰路を歩き通した。彼女との通話を続けながらだったので、私には全くもって苦痛なぞなかった。零度近い気温も気にならなかった。むしろこの有り難い二時間が永遠に終わってほしくような気さえした。


 酷い頭痛と鼻づまりがやって来たのは翌日の朝、目を覚ましてすぐのことであった。


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