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クリスマスに良い思い出がある者は幸いだ。
私は昔からハッピーエンドを迎えた主人公よりも、地位も名誉も財産も失い、主人公達の豪華な祝宴の影で悲嘆に暮れる悪党の方にいつも心を寄せていた。皆から嘲弄せられ、悪罵のうちに死んでいく惨めな悪役がいたたまれなくて仕方がなかった。何の慰めもなく、己の十字架に押し潰されて、一人哀れに死んでいく者。彼の墓標には唾が吐かれ、やがてはそれすらも忘れ去られていく。善良な人々の健やかな繁栄を他所にして、悪党の墓標は何処までも朽ちていくのだろう。
世間は今クリスマス真っ只中である。しんしんと降る雪を冷たいとも思わないカップル達と、降る雪なぞクリスマスを彩る飾りとしか捉えていない暖かい家族達が電飾豊かな夜の街を占拠する中、悪役達は迫る敗北を前に寂しい格闘を続けている。そう、それならばせめて私くらいは、彼らのようなクリスマスの敗者達に心を寄せて生きていこう。そうだ、そうしよう、とここまでは皆さんもお分かりの通り、すべて敗者の戯言である。
クリスマス当日、その日最後の講義を受け終えた私は、なるべく世に蔓延るカップル共を見ないようにして、そそくさと下宿に帰った。そうして一人で粛々とパソコンに向かっていたのであるが、突如携帯に連絡が来た。
「俺は日々の孤独の渦をクリスマスに集めることに成功した。皆の衆よ、集うべし」
意味不明なメッセージだが、差出人はまさかの原口部長であった。嵐の中に安らぎを求める無頼派であっても、クリスマスの一人ぼっちは寂しいのか。こうなると、いつもの強がりな調子も何だか哀れな按配である。
しかし私とて天使ではないのだ。こちらにもやるべきことが残っている。勇気の欠如からとうとう今日まで声を掛けることが叶わなかったが、今からほんの一歩でも勇気を出すことができれば、私は雪月先輩を夜のイルミネーションに誘い出そうと考えていたのである。
思念に暮れながら、原口部長からの誘いにどのように断わりの連絡を入れようか唸っていると、インターホンが鳴った。純粋無垢な私は相手の姿を確認せぬままドアを開けてしまったのだが、これが全く良くなかった。
「やぁ、今日は楽しい部会をやるぞ」
缶ビール片手に浮浪者みたいな格好をした原口部長が、矢田や高木副部長らを引き連れて玄関先に立っていた。
「おい、水口出かけるぞ!」と高木副部長も続く。
「僕にはイルミネーションの予定があるので、すみません」
「黙れ! どうせなら本格的なイルミネーションに俺たちが連れて行ってやろう」
ひ弱な私は抵抗虚しく簡単に捕まると、そのまま駅へ直行、電車に乗せられて誘拐された。恐らくは行き当たりばったりの飲み歩き旅でも行われることになるのだろうなと私は察した。
さらばクリスマス、さらば愛しき恋人よ。にしても矢田も高木副部長も吉田先輩も、なんだってこんなに原口部長に従順なのか。
「クリスマスを破壊するか、クリスマスから退避するか」
ガタガタ揺れる電車の中、虚無感溢れる矢田のぶつくさから察するに、大方、こいつは神崎先輩が彼氏といる所でも見かけたのだろう。他の連中も多分皆似たようなものだ。私はため息をつきながらも、彼らが哀れに思えてきて、良し、今日くらいは付き合ってやるかと中々男前な浩然の気を養い始めた。
改札を出て駅前の人混みに出ると、煌びやかな電飾が街全体を包み込んでおり、人々の間を縫うようにして定番のクリスマスソングが流れていた。その光景に原口部長達は早速深い傷を負った。
「ここは駄目だ。一旦戦略的な撤退をしよう」
案の定、駅前の並木道から延々と続くイルミネーションとそれに集まるカップル達には目もくれず、我々一行は歓楽街方面に足を運んだ。
歓楽街方面はカップル達が少なく、酔漢達を前にして原口部長らも再び元気を得た。立ち並ぶ多種多様な飲食店を吟味しながら、最終的に私達が会場に選んだのは天体の居酒屋という妙に凝った風な居酒屋であった。
尤もこの店を選んだのは私や矢田なんかでは勿論なく、
「俺たちには使命がある」と原口部長が戦場に赴く戦士の風格を漂わせながら、独断で決定したのである。彼はその言葉を我々の先頭に立って言うと、ずんずんと店の中に入って行った。
店内には掘りごたつ式の座敷席がならんでいて、その頭上にはプラネタリウムのように星空が広がっていた。天井には綺麗な星空がキラキラと輝いており、おおいぬ座のシリウスが一際青白く輝いていた。店内は多少薄暗かったが、そんなことは気にならなくなるほど美しい内装をしており、暗さ自体も飲食するのに不便なほどではない。如何にもカップル御用達のロマンティックな雰囲気の居酒屋であったが、何故か店内に居るのは歳も職業もバラバラな独身男性のみであった。
我々は案内されて席につくと、まずは乾杯をした。よく見るとグラスにはアポロ十一号がプリントされており、箸置きは天体望遠鏡の架台がモチーフになっていた。連中がしょうもない猥談に興じる中、私はこだわり抜かれた店の細部に目を凝らしていた。
やがて、異様なまでに輝いた金髪をしている天体の居酒屋の店主が、私たちの座敷までやってきた。店主は原口部長の手をがっちりと掴み、何かを訴える様子である。まだ若いのだろうが、幸が薄そうな青白い顔のせいでかなり老けて見えた。
「原口くん! 今日こそ君はやるんですね」
「ええ、必ずやり遂げますとも」
何のことかはよく分からなかったが、切実かつ本気なのは確かであった。店主に熱く応えた原口部長は、ハイボールをぐびりと飲み干すと敢然として立ち上がった。
「我々には成さねばならぬことがあるんじゃないのか!」
一等星のプロキオンの真下に立ち、店中に響き渡る大声で皆の決起を促した。
「おう、我々は戦わねばならぬ!」
「今日こそ、奴らを駆逐するべし!」
「天地開闢以来の恨みをここで晴らす!」
矢田と吉田先輩と、それから天体の居酒屋の店主が真っ先に追随し、叫び声を上げた。更には普段は大声を出さない高木副部長まで続き、彼の愛すべき困り眉が吊りあがってしまっているのがこの場の狂熱を物語っていた。やがて熱波は店中に広がり、客も店員もフランス革命に燃える市民のように立ち上がった。
いよいよ熱気が最高潮に達した時、この集まりの最高指導者たる原口部長は叫んだ。
「クリスマスを憎む同志たちよ! ここにクリスマス壊滅党を結成する」
そんなアホなと思ったが、そう思ったのは私だけであった。原口部長の叫びに呼応するようにして皆は店の外にまで響く一際大きな歓声を上げた。そうして怪奇幻想部のメンバーと天体の居酒屋の主人と大勢の客を同志に加えたクリスマス壊滅党は、新たな同志を集めるために、更にはクリスマスを破壊するために、次の飲み屋へと足を向けることになったのであった。ああ、雪月さんよ。私は今、地獄にいます。




