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雪女さんこんにちは  作者: suzumi
時は過ぎていく
26/37

 その翌日は矢田に付き合ってヤケミズ池に来ていた。彼は新聞に怪魚についての七つの都市伝説を書く予定らしく、今日は取材というか創作の素材を集めに来たらしい。一通り池回りを徘徊すると、(とはいえ池はそこまで大きくなかった。三分で一周が敵う程度である)矢田は気になる所を写真撮影し始めた。水草の茂っている所や、謎の沈殿物が濁った水の中にうっすらと見える箇所などが主である。

 だが、それもすぐにお終いにして、矢田は用意していた折りたたみ椅子に座り込んだ。そうして簡素な造りの木の釣竿で釣りを始めた。  


「お前はちと真剣病にかかっているな」


 一向に当たらない釣竿を眺めながら矢田は言った。 


「どういうことだ」


 心当たりは全くなかったが、胸に何かどきりとしたものがあった私は「教えてくれ」と頼み込んだ。


「それだ、その姿勢が真剣病だ。深刻病と言い替えても良いかもしれない」


 矢田は針の餌を付け替えながら叱るように言った。


「なるほど、つまりはユーモアの欠如を言いたいんだな」

「いいや、肩の力を抜けよってことだ。最近のお前には怪奇幻想部の気が足りんよ」


 そんな気は別に要らぬのだが。


「お前こそ原口部長の洗脳を受けているんじゃないのか」


「いやいや、俺には元々この部に溶け込む素地があったのだ。無理をしているのはお前の方だぜ」


 勢いで押し切られて、私は一応納得したが、こいつの言うことをまともに信じてよいかは非常に難しいところである。


「そういや、神崎先輩への未練は断ち切れたのか。クリスマスは意外と近いぞ」


 私は無意識に復讐を試みたのであろうか。水面をボーっと眺めては、なんの気なしに尋ねていた。


「さぁな」


 矢田はぶっきらぼうに言った。


「ところでお前の方のクリスマスの予定を良ければ教えてくれたまえよ。時期尚早だが、共に過ごす目算が立っている人物くらいはいるのだろう?」

「それは勿論! それはだなぁ──」

「ほれ見ろ、お前だって何にも言えねぇじゃないか。それなのにクリスマスなんか持ち出すもんじゃねぇ」


 と、互いに傷口に塩を塗りまくった三時間後の夕暮れである。我々は馴染みのとんこつラーメン屋キジトラに赴いてから帰路に着いた。結局、矢田の釣り上げた魚の数はゼロ匹であった。


「俺は時間を無駄にする才能があるな」


 バケツを振り回しながら何故か自慢する風である。


「全く、人の時間を無駄にする才能もな」


 私は自分にも矢田にも呆れながら言った。


「ところで、俺はお前と雪月先輩が何処か遠くの国にランデブーしていたと睨んでいたんだが」


 私は意味が分からず否定しようとしたが、矢田は私の顔の前に手を置いてそれを制した。


「おっと、その様子だと違ったようだな。ご愁傷さま」

「何で勝手に不幸な目に遭わされているんだ」

「人の不幸は俺を育てる大事な栄養素の一つだからな」

「矢田くんよ、君はますます原口部長に似てきたな」


 そう言い合いながらも、結局は来週も同じようにして時間を無駄にするに違いないのだが、これは大学生男子に特有の青春の形なのだろうか。


 夜は文部科学省の指導によって単位取得が厳しくなったせいで、秋学期が始まって早々なのにも関わらず、私は無慈悲にも与えられた大学の課題をこなしていた。三時間かけて全て適当に終わらせると、今度は新聞記事の題材探しに没頭した。その最中である。雪月先輩から珍しく電話がかかってきた。


「起きてる?」

「そりゃ電話に出てますから、はい」

「最近の私って何か変だった?」


 よく意図の掴めない質問である。私は返答に窮した。


「まぁ、多少は。でもそれは変というよりも雪月先輩のことが分かってきただけのような気もしますけどね」


 私は自分の話が明後日の方向に飛んで行くのを自覚しながら、心のまま素直に話した。


「どういうこと?」

「例えば、部活に入ったばかりの時なんかは、雪月先輩のことを何となく落ち着いた人だなと思っていましたけど、本当は凄く表情が豊かな人ですよね。そういう点から言うと、最近の先輩の様子を見て、変だとは一概には言えませんよ」

「そうかもね。ただ、私からしてみれば、君は話せば話すほどおかしな人に思えてくるんだけどね」


 雪月さんはからからと笑った。私は、六畳の部屋の窓からは見えない筈のお月様がはっきりと見えたような気がした。


「ねぇ、水口くん、雪女って好き?」

「はい、小泉八雲を読んでますから」

「じゃあ、一つ目小僧とから傘お化けは?」

「多分、どっちも好きな部類だと思いますけど」

「老夫婦の下に預けられた美少年は?」

「随分と具体的ですね。嫌いじゃないです」

「ハチワレの猫ちゃんは?」

「それはもう猫派ですから、大好きです」

「ありがと、じゃあまたね、おやすみ」


 私は頭を傾げた。何かが勝手に解決され、彼女は暖かい声音を残して電話を切った。


 まぁ、雪月さんが良かったならそれでいいや。私は題材探しをほっぽり出して易々と眠りについた。


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