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第29話 ラビカの違和感【インウィディア・旧王都】

 大罪人アーヴィング・メルキオルことアーヴィは、物陰に隠れながらとある人物を尾行していた。


「さて、どう動くつもりだ……?」


 その視線の先にいたのは、黒髪を背中のあたりまで伸ばした少女。

 先程まで行動を共にしていたリメアである。

 アーヴィはギルドで分かれたふりをして回り込み、新聞屋と話をする彼女の姿をこっそりと捕捉していた。


「……、い……の?」

「ああ、そいつはやる……! ……本物に会えるな……。……はついてる! よぉし、バンバン売るぞ!」

(チッ、流石にこの位置からじゃ聞こえねぇな。こいつの出番か?)


 アーヴィは懐からごちゃごちゃと配線が生えた、お手製の指向性マイクを取り出す。


(闇市で機械部品が入手できることを知れたのはデカかったな。こういう時こそ役に立つ)


 羽毛で覆ったマイクだけを露出させたまま本体を革袋に隠し、コップのような部品を耳に当てた。

 寄せ集めの部品だったからか、ジジジとコイル鳴きのノイズが乗っている。


「……なになに……前英雄の意思を継ぐルーキー、後援に徹するも悔し涙、いつか英雄になれる日を誓って……え、なにこれ」

(はっ、ようやくギルドの欺瞞に気づいたか。人間の運営する組織に、清廉潔白なんてことはあり得ねぇ。情報操作は基本のキだ)


 アーヴィがこうしてリメアを尾行しているのには理由があった。

 ここ最近、リメアの行動パターンに変化が生じていた。

 魔王討伐に行く直前、パリオネの棺桶前でユグルタと会談した後からが顕著だった。


「ねぇアーヴィ、精霊ってなんなの?」

「アーヴィはどうしてこの星が問題を抱えてるって思ったの?」

「あのさ、アーヴィ」

「ちょっと聞きたいんだけど、アーヴィ……」


 宿や酒場で合う度に、やたら質問が増えたのだ。

 そのどれもが、精霊やこの世界のことについてなど、複雑な問題についてばかりだった。

 アーヴィは面倒くささと内容のややこしさも相まって適当に流していたが、どこかでその心境変化の原因について白黒はっきりさせなければと考えていた。


「う……嘘書かれてる!」

「記録に残らないって、こういうことだったんだ……」


 リメアはリッキーと話している様子だったが、端から見れば大きな独り言を呟いているようにしか見えない。

 

「アーヴィに謝らなくちゃって思って………。わたし、パリオネが亡くなったって話を酒場で聞いた時、どうしてもっと早く教えてくれなかったのって詰め寄っちゃった。でも、新聞がこんな感じじゃ、ホントのことなんて簡単に分かるわけないよね……。何も分かってなかったんだな……わたし」

(てっきりお友達ごっこにしか興味がないガキだと思っていたが……これは)


 アーヴィはリメアの成長っぷりに舌を巻く。

 ついこの前まで複雑な話題が出ると「わかんない、難しい」と言いながら蝶々を目で追っていたような少女が、自分なりに一歩ずつ、この星の問題へと迫ろうとしていた。

 自分の行動に対する反省も見て取れる。


(要注意だな……)


 アーヴィは静かに目を細めた。

 リメアは精霊に対しアーヴィが切れる最強のカードである。

 その割には扱いやすく、考え方も子供そのもので流されやすい。

 論理で抑え込めば、不服を垂れながらも従うものだと、正直侮っていた。

 だが今。

 彼女は明確に自分の主義主張、思想や信条を確立しようとしている。

 それはひとつ前の星で彼女の友人と約束していた、世界を見て回るとか母へ会いに行くなんていうふわふわした目標とは、全くもって別軸のもの。

 まだ小さな芽が出た程度の段階だったが、成長する方向次第ではアーヴィと袂を分かつ危険性さえ内包している。

 それだけは全力で阻止しなければならない。


(あいつには途方も無い力がある。何があっても手綱を手放してはダメだ。この腐りきった世界を変えるためには、その力が必要なんだからよ……!)


 大罪を背負う少年は、気配を殺しながらこの旅における優先目標を心の中で再確認する。

 スピーカーからは、増幅されたリメアの独り言が垂れ流されていた。


「ちょっとだけ5次元空間も覗いてみたけど、精霊はいなかった。フェニスの時は3次元の結晶と重なるようにフェニスがいたんだけど…………。インウィディアはお話できない精霊なのかな……」

(5次元空間に精霊がいなかっただと!? ……初耳の情報だな。隠していたのは意図的か、それともたまたまか。……フン、あんな戦闘を経て、まだ対話での解決法を模索してるとは)


 相変わらず甘さは健在か、とアーヴィは口の中で言葉を転がす。

 いっそのこと、リメアがフェニスの時のように瀕死になり、例の自動戦闘機能(セーフモード)が発動してくれりゃ話が早かったな、なんて思考がよぎる。

 そうすれば、城塞戦の段階で精霊をこの星から排除できた。

 ギルドの連中に見られたとしても、後始末だったらなんとでもなる――。

 そう思った瞬間、アーヴィの胸元がチクリと痛んだ。

 

「……」


 脳裏に、視界を全て覆い尽くす黒い暴風と怨嗟の声が蘇る。

 血肉が裂け、骨が砕ける音。

 そして誰かの悲鳴が聞こえたところで、ハッと我を取り戻した。


(クソ、何感傷に浸ってんだ俺は。今はあいつを……って、あいつはどこだ?)


 物陰から飛び出し、をギルド本部から伸びる複数の通りに素早く視線を送る。

 

(あそこか!)


 雑踏の中に、白いワンピースの裾が見えた。


(市場の方角だな……)


 アーヴィは革袋を腰紐に括り付け、リメアの後を追いかける。

 人の垣根を利用し、付かず離れずの距離を保つ。

 もちろんリメアがメルキオル特有の虚数エーテル――彼女曰く、香りのようなものを探知すれば、居場所などすぐにバレてしまうことはわかっていた。

 その時はたまたま別の要件で通りかかったことを装えばいい。言い訳ならいくらでもできる。

 今回の尾行はアーヴィにとって、ひとつの実験でもあった。

 彼の知る他の精霊たちとは異なり、リメアはある程度集中しなければ虚数エーテルを知覚できないようだった。

 そもそも精度すらあまり高くないのでは、とアーヴィは仮説を立てている。

 ユグルタがメルキオルの家系であることを、見抜けなかったことでそれは大方証明されていた。

 精霊ならばどれだけ少ない虚数エーテルであっても、同じ星程度の距離であればすぐに気がつくもの。

 現に今だって、アーヴィの尾行に気がつく気配はない。

 

(リメアがハーフだからか、未熟だからかは知らねぇが、万能ってわけでもねぇんだな)

 

 アーヴィは唇に手を当て訝しがる。


(あいつから出たり入ったりする玉っころ、あれはなんのためにいるんだ? 俺だったら偵察用のドローンとして使い倒す。完全に並列思考で動いているなら、それがベストだ。だが、どうも動きに制限がかかりすぎているような気もする。独立しているように見えてリメアの意思に能力や行動が左右されすぎている節がある。魔王戦でも使っていなかった。だがさっきはギルド本部前で会話していた。わからねぇ……)


 そんな事を考えているうちに、リメアはギルド受付嬢のラビカと遭遇し、彼女に連れられていく。

 

(気のせいか……? ラビカはパリオネと背丈が同じだったはず。こうやって後ろから並んでいるのを見ると、ほんの僅かだが、あいつの背が伸びているように見える……)


 ふたりでいる時は気づかなかったが、リメアは少しだけ成長していた。

 とはいえ数センチ程度の差で、ラビカという基準がなければ気づくことは難しい。


「気のせいじゃ、ねぇよな……」


 首を傾げながらそう呟いた。

 ラビカたちは彼女の住居へと入っていき、アーヴィは立ち止まり建物を見上げる。


「……登れそうだな」


 この星の建築はかなりローテクノロジーで、セキュリティも最低レベル。

 自然主義だからか、電気の使用も最小限なため、諜報に事欠くことはない。

 周囲に人の目がないことを確認した上でアーヴィは腰紐を解き、先端に曲げた金属を取り付けると屋上へとそれを放り投げる。

 引っかかりを確かめると、紐を手繰り寄せながらするすると屋上へと登った。


「ははっ、体が軽い。大人の体じゃこうもいかなかったな」


 こういう状況では、アーヴィの縮んだ体は役に立った。

 大人だと完全に不審者だが、この姿だと子どものいたずらで済ませられる。

 非情に都合が良かった。

 屋上に登ったアーヴィは、紐の端に縛り付けていた革袋から指向性マイクを取り出す。

 ケーブルを紐に絡ませ、ラビカの部屋のベランダへと下ろした。


「……よし、聞こえるな……」


 屋上に胡座をかき、機材を耳に当て目を瞑る。

 ボリュームのつまみを調整すると、部屋の中の会話が聞こえてきた。


「……そっか、あなたがパリオネの言ってた、リメアちゃんね」

「パリオネが、わたしの話をしてたの?」

(なるほど、パリオネについての話か)


 アーヴィは音量を微調整し、最適化していく。

 ノイズが消えていき、声がよりはっきりと聞こえるようになった。

 

「あの子のこと、どう思ってるの?」

「パリオネはね、すっごく強くて、優しくて。でもとっても寂しがりで気弱なんだけど、それをずっと隠してる人だと思ったよ」

「そう……よく、見てたのね。あの子のこと」

「ううん、パリオネ、わかりやすいもん! あ、でも、技を教えてくれた時はわかりにくかったな……」

「技?」

「えっとね、パリオネがわたしに武術の技を教えてくれたんだ。マッシモに聞いたんだけど、その技、すごく大事なものだったの」

「あの子が、あなたに技を……」

「うん。二連恒星って技なんだけどね。使ってて、わかったことがあるんだ」

「ど、どんなことがわかったの?」

「この技は誰かを守るための技なの。パリオネは何も言わなかったけど、きっと、いろんなことを考えて、この技をわたしに残してくれたんだと思うんだ」

「……あの子らしいわね」

「うん! わたしもそう思ったよ! この技を使った時、パリオネが側にいてくれたように感じたの。それはこれからも変わらない……と思う」

「そっか……、そっか……」


(相感情的で、直感的で、甘っちょろい考え方だ。この調子じゃいつか必ず痛い目を見る。取り返しのつかないほどの……)


 無意識に、手に力が入っていた。

 インウィディアにリメアが降り立った日、森の中で尋ねてきた会話が蘇る。


「友達とか、仲良かった人とかいた? どんな人と一緒にいたの? わたしが知りたいのはそういうの――」

(まったく、どうでもいいことばかりだ。深いつながりは判断を鈍らせ、決断を遅らせる)


 些末で、取るに足らない、捨てるべき感情だ。

 アーヴィは胸の奥で繰り返す。


(そう、どうでもいいことだ)

 

 下瞼の筋肉がピクリと動き不快感を覚える。

 閉じきった瞼の裏に、白髪の少年の笑顔がチラついた。


『――アーヴィングは、花とか、好きかい?』

「はっ、バカバカしい。花なんざ興味ねぇよ」

『そうなんだ……。僕は花、好きだな』

「女々しいヤツ」

『うーん、僕らに性別はないから、女とか男とかはないんだけど』

「めんどくせ」

『ふふ。でも、別に嫌いでもないんでしょ? だったらさ、いつか君が――』


 バキッと手元から枝を折ったような音。

 目を開けて見れば、マイクのボリュームレバーが折れてしまっていた。


「いけね。クソ、何やってんだ俺は。補強……しようにも、部品は宿だな。頼むぜ、まだ使えんのかコレ……?」


 頭をかきむしりながら、スピーカーに耳を押し当てる。

 音はやや聞こえづらくなっていたが、なんとか音は聞き取れた。

 冷や汗を拭ったところで、気がかりな会話が耳に飛び込んでくる。


「そうね……確かにあの子、魔王……に行く前からちょっと変だったわ」

「詳し……聞かせて!」


 アーヴィは足を組み直し、音を立てないよう息を殺した。


「あの子、好きな人ができたんだって、突然報告してきて。すっごく嬉しそうに」

「それって変なことなの?」

「うーん、普通だったら変じゃないけど、あのパリオネよ? 恋人の前に、あの子に必要なのは友達じゃない?」

「あ……確かに。パリオネ友達少ないって言ってたし」

「そうなのよ……こんなこと言いたくないけど」

(妙だな。魔王討伐前、ロトンダも恋を自覚していたらしいじゃねぇか。なんだ、この違和感……)


 そこからは会話がパリオネの情けない発言だったり、武勇伝だったり転々としていく。

 これ以上有益な情報はないと見て、アーヴィはスピーカーを耳から外した。

 生暖かい風が吹き、アーヴィの前髪をふわりと撫でる。

 なにか、重要なことを見落としている。

 そんな気がしてならなかった。


(情報をもう1度洗い直したほうがいいみたいだな。今行くことができて、確実に情報が手に入れられそうな場所といえば……)


 アーヴィは立ち上がると屋上の縁に足を乗せ、遠景を視界に収める。


「……やっぱり、あそこか」


 視線の先に広がっていたのは、旧王都の南方に広がる森林地帯。

 透明な魔物と戦った森だった。


(旧王都の地下にあるメルキオル研究所へアクセスできれば早かったが、こっちは許可も手がかりも今のところゼロ。だったらまずはあの要塞の戦闘跡を、徹底的に調べ上げるか……!)


 透明な魔物襲来から日にちが経っているとはいえ、まだ痕跡は残されているはず。

 そう目星をつけひとり頷くと、アーヴィは屋上から飛び降りた。

 ベランダとベランダの間で交互に壁を蹴り、落下速度をいなして着地する。

 そのまま通りに出ると、ちょうど目の前をセクスタニルを連れた御者が歩いていた。


「おい、乗れるか?」

「ああ、どうした坊主。お使いか?」

「いや違う。今から教える場所に……」


 袖口から地図を取り出そうとして、アーヴィははたと動きを止める。

 御者が小首を傾げてこちらを見つめていた。

 

「どうした?」

「い、いやなんでもない。ちょっと忘れ物しちまった。また今度でいいか?」

「冷やかしか? ったく、こっちは遊びじゃないんだよ」

「すまねぇ」


 御者は不機嫌そうに去っていく。

 アーヴィは振り返り、今来た路地を見つめた。


(リメアの奴、自分の目的は別にあるってのに、結局1番この星に肩入れしてんじゃねぇか。働き者なんだかおせっかいなんだか。ま、あいつはあいつなりに多少は成長してるみてぇだし……置き手紙ぐらい、してやるか)


 ふん、と少年は鼻を鳴らし、手を後ろに組んで宿のあるギルド本部方面へと向かった。

 この星の誰も知らない、鼻歌を歌いながら。

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