第30話 魔王再来【インウィディア・旧王都】
ギルド直営の宿屋が、夜明け前の青色に包まれる。
ベッドで毛布にくるまっていたリメアはぱちりと目を開け、背伸びをした。
「うーん、おはよう! 今日は何しよっかな?」
先に起きていたのか、リッキーがふわりと目の前に現れる。
「おはようございマス、リメア様。早起きデスね。素晴らしい生活リズムデス。それだけでなく、ここ最近は精力的に活動されており、ワタクシ感激しておりマス! ギルド管轄になったロトンダ様の薬舗のお掃除に参加されタリ、森林管理ギルドの書類整理を手伝われタリと、大忙しデス」
「うん! わたしにできることをひとつずつやろうと思って! みんな褒めてくれるし、お仕事終わりにラビカとお茶するのが楽しみなんだ!」
「すっかり仲良しデスね!」
「遊んでるだけじゃないよ! ラビカと意見交換するのとっても大事なんだから。そのおかげで、これからどうするかも見えてきたし」
「ほほぅ、お聞かせ願えマスか?」
「リッキーには内緒!」
「……理由を聞いてもいいデスか?」
「なんとなく!」
「ヒドイ……!」
そんな会話を繰り広げながら、リメアは顔を洗い、髪をとかす。
アーヴィが置き手紙を残してから、1周間ほどが経過していた。
初めてそれを呼んだ時、リッキーからは「追いかけなくていいのデスか?」と尋ねられた。
アーヴィの香りを辿れば、どこにいるかなんてすぐに分かる。
だがリメアは首を横に振った。
(アーヴィはわたしのことを信頼してあの置き手紙を残してくれたんだ。だから、わたしはわたしにできることをする。それでいいんだよね、アーヴィ)
鏡の前でニッコリと笑顔を練習し、今日も元気よく外に向かおうとしたその時。
激しく叩かれる玄関扉。呼び鈴が部屋に鳴り響く。
びっくりしたリメアは地面から数センチ浮いてしまった。
「な、なにごと!?」
「ワタクシ、隠れてマス!」
「あ! ずるい!」
スポッとリメアの背中に逃げ込むリッキー。
その間も呼び鈴は収まらない。
「い、今出るよ!」
リメアは鍵を開け、扉を開いた。
そこには額に汗で髪を貼り付け、青ざめた表情のラビカがいた。
「ラビカ! どうしたのこんな朝早くに!」
「よかった、いたのね! 今すぐギルドにきて! 大変なことになったわ!」
「わ、わかった!」
「説明は行きながらする! ついてきて!」
ふたりは宿を出て、朝霧が立ち込める大通りを駆け抜ける。
「なにがあったの!?」
「魔王が、現れたの!」
「嘘っ!? この前倒したばっかりだよ!?」
「ギルドの地底海水位観測システムは今まで魔王出現の予兆を外したことがないわ。発生周期がありえないぐらい早まってるの!」
「そんな……! ユグルタは!?」
「まだマルギナリスから戻られていないわ! 今、ギルドマスター抜きで緊急対策会議を立ち上げている最中よ! 旧王都内のS級冒険者たちに、片っ端から声をかけてるの!」
「ラビカ……その、こんなことは聞きたくないけど、ロトンダのことは……」
「知ってるわ。災害対策ギルドには最低限英雄の状況は逐一伝達されている。だからまずいのよ」
「まずいって?」
「まだ、新しい英雄が見つかってないの……!」
ギルド本部の扉は半開きになっており、衛兵たちも慌ただしく走り回っている。
中はまだ閑散としており、リメアはラビカに連れられて、カウンター奥の会議室へ向かった。
「ディア!」
「マッシモ! 久しぶり!」
マッシモが挙げた手にハイタッチを交わす。
「大変なことになったな、ラビカ」
「ええ。これでだいたい集まったみたいね。私は資料を取ってくるわ!」
ラビカは肩で息をしながら会議室から飛び出していく。
大きな円卓を囲むように、多くの冒険者たちが詰めかけていた。
椅子が足りず、立ったままの者も少なくない。
部屋全体に、異様な緊張感が漂っていた。
「マッシモ、聞いてる?」
「ああ。魔王が現れたってな。クソ、ロトンダはこんなときに何をしてるんだ?」
「あっ……」
まだ冒険者たちには知らされていないんだ、と口に手を当てた瞬間、マッシモが目を見開き、リメアの肩を掴む。
「おいディア、嘘だろ、嘘だと言ってくれ!」
野太い声が会議室に響き渡る。
冒険者たちの視線がリメアに集中した。
「世代交代が……もう、終わったっていうのか……!?」
喧騒が止み、シン、とあたりが静まり返る中、リメアは唇を噛み締めて頷く。
「おいおい、冗談じゃないぞ! パリオネに続き、ロトンダまで! ギルドは何を……何をやってるんだ!!」
怒りを滲ませるマッシモを、リメアが慌ててなだめる。
「ち、違うの! ユグル……ギルドの人達も大変だったの! 本当に色々あって……!」
「知ってることを全部話せ! 腹の虫が収まらん!」
「えっと……でも……!」
リメアの脳裏に透明な魔物の恐ろしい姿が蘇る。
だがそれはギルドの極秘情報。
ここで話していい内容か、リメアには判断できない。
冒険者たちがざわつき始め、会議室は混沌と化していく。
目を泳がせながら言い淀んでいると、マッシモは眉間にシワを寄せたままリメアから手を離した。
「そうか……ディアもそっち側なんだな。あの野郎と一緒に、俺達を煙に巻こうってか」
「ち、違うよ! そうじゃなくって――!」
「そこまでよ!!」
鶴の一声に、会場が水を打ったように静まり返る。
見れば資料を抱えたラビカが会議室のドアノブに寄りかかっていた。
「順を追って説明するわ。皆さん落ち着いてください!」
ラビカは体を起こし、つかつかと円卓の上座へと向かう。
どさっと資料を卓上に置き、息を整えて話し始めた。
「現在、我々は危機的状況に置かれています。結論から話しますと、魔王が現れ、次期英雄不在の状況です。魔王出没推定地域は、ここから遥か東、開拓村マルギナリスを越えた先の大森林です」
(マルギナリスの先にある大森林って……アーヴィが最初に住んでた森だ……!)
ここ数日森林ギルドの手伝いを行う中で、リメアの頭にはインウィディアの地図がバッチリインプットされている。
マルギナリス周辺は未開の森が多く、ギルドの重要開拓地域にしていされていた。
「英雄の世代交代が終わる前に新しい魔王だと!?」
「ここ最近、魔物の動きもおかしい。何が起こっているんだ!」
冒険者たちが口々に戸惑い混じりの怒号をラビカに投げかける。
「静粛に! 最後まで聞いて下さい! 時は一刻を争います! ギルドとしても全力で英雄候補を探していますが、レベル上限を超えたという報告はまだ受け取っておりません。現状、ここに集まっていただいた貴方がたが、今動ける最高戦力なのです!」
「ふざけるな!!」
円卓に座っていた冒険者のひとりが立ち上がった。
「英雄なしに魔王と戦えだと!? 冗談じゃない! いつものお祭り騒ぎとは、まるで話が違う! 人の命を何だと思ってるんだ!」
そうだそうだ、と他の冒険者たちも野次を飛ばす。
立ち上がった冒険者は振り返り、他の冒険者たちに言い放った。
「他人事みたいに騒いでんじゃねぇ! 俺はな、ベテランとは呼ばれているがレベルはS級の中でも下から数えたほうが早い。壁際でヒソヒソしてる上位レベルのお前らが率先して動くべきだろうが!」
その一言で会議室に殺気が満ちる。
「お言葉だが、そう言うあんたこそ、魔王討伐に何回参加して、どれだけ甘い汁を啜ってきた? 確かに俺や他の連中はあんたよりもレベルは高いが、魔王との戦闘経験じゃあんたには敵わない。どっちが先陣を切るべきかは、自分の胸に手を当てて考えてみろよ。さっきまで偉そうに椅子にふんぞり返ってたくせに、情ねぇ」
「何だと若造風情が!」
あと少しで取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな勢いだった。
リメアは会場の空気に飲まれそうになりながらも、マッシモの裾をひっぱり、小声で尋ねる。
「ねぇ、マッシモ。冒険者の人たちって、みんな英雄を目指してるんじゃないの? 魔物を倒して、魔王をやっつけることを夢見て、みんなのために戦ってるんじゃないの……?」
マッシモは腕組をしたままフン、と鼻を鳴らし、他には聞こえないほどの声量でその質問に答えた。
「誰だって最初はそうだ。だが名を上げ、収入が安定し、ギルドの欺瞞を知れば知るほど、皆こうなっていく。パリオネのような奴など、ほとんどいない。結局皆自分がかわいいのさ」
「そんな……!」
「だから俺は怒っているんだ。なぜ英雄をもっと大切にしない? なぜパリオネのような奴を死なせたんだってな」
「マッシモは、マッシモは戦わないの?」
「無論戦うさ。だがそれは死と同意だ。積岩の魔王をディアも見ただろう。俺達はそのへんの魔物相手だと無双できるが、魔王と一騎打ちできるほど強くない。力を合わせようったって、このざまだ。前回だって、武器の数や移動手段に粗が目立った。今回は輪をかけてやばい状況だ。肝心のギルドマスターも不在で、作戦立案はどうするつもりだろうな」
「……っ」
「それにな、なんだかんだ、みんな怖いのさ。仮に魔王を倒せたところで、英雄は軒並み魔王の呪いで早逝しちまう。金銀財宝をどれだけ積まれたところで、命を取られちゃおしまいだ」
そうだろ、と目配せされて、リメアは俯く。
(みんな、透明な魔物について知らないんだ……。でも、知ってたところでもっと怖がっちゃうに決まってる。だからユグルタは透明な魔物について公表していなかったんだ……)
会議は混迷を極め、もはやラビカの声すら届いていなかった。
「俺は今回抜けさせてもらうぜ!」
「あたいも! やってられないわよ、こんなの」
「あばよ、胸糞悪ぃ」
ぞろぞろと会議室から去っていく冒険者たち。
結局円卓の前に残ったのは、マッシモ含め数名の冒険者だけだった。
「……残っていただき、感謝申し上げます……」
青ざめた顔でラビカが深々と頭を下げる。
マッシモは組んでいた腕を解き、倒れてしまった椅子を起こして円卓についた。
「勘違いするなよラビカ。俺も、多分残った他の連中も、今回の対応に納得してるわけじゃねぇ。それぞれの信念で今ここに立っているだけだ」
「はい……それは……わかっています……ですから、感謝しているのです」
「ったく、そんな顔するな。まるで俺が悪者みたいじゃねぇか。なあ、お前ら」
促された他のメンバーたちも、ぞろぞろと椅子に座る。
一方リメアはその場から動かず、床を見つめたままだった。
それを見たマッシモは、眉尻を下げ微笑む。
「ディア、さっきは怖がらせてすまなかった。お前はまだ子供だ。死に急ぐ必要はない。今回は席を外せ。ここから先は、俺達がなんとかする」
顔を上げ、マッシモの目を見た瞬間、リメアは悟ってしまった。
その目はどこか悲しそうで、暗く沈んでいた。
まるで死に場所を求めているような目だった。
「っ!」
リメアは踵を返し、何も言わずに会議室を飛び出す。
そのままカウンターを飛び越え、ギルド本部の外に出たところで立ち止まる。
「……リメア様、よかったのデスか……?」
頭の中でリッキーが心配そうに尋ねてきた。
リメアは肺の中に残っていた淀んだ空気を全部吐き出し、外の新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。
「うん。心のどこかで、きっといつか、こうなる気がしてたんだ。だから、わたしずっと考えてたの」
「何ヲ……って、リメア様!?」
リメアはリッキーの返事を待たずに走り出し、ギルド本部の壁面に設けられた石階段を上り始める。
屋上にたどり着くと、昇った太陽が照らす旧王都の街並みを見下ろした。
温かい南風が腰まで伸びた髪を揺らす。
「リッキー。朝話したこと、覚えてる?」
「ハイ、リメア様がラビカ様とお話されテ、これからどうスルかを決められたト……マサカ!?」
「そうだよ、そのまさかだよ」
リメアは太陽に向かって腕を伸ばし、指を銃の形へと変える。
「わたしが、魔王をひとりで倒す」
それは静かな決意だった。
(パリオネやロトンダみたいな人をこれ以上増やしたくない。魔王を倒した後で、仕返しに透明な魔物が現れるんだとしたら、ちょうどいい)
方角を定め体中のエーテルを活性化させる。
髪が白銀へと変わり、キラキラと虹色の粒子が風に舞う。
「みんなまとめて、わたしがやっつける!」
エーテルが臨界に達し、リメアは淡く発光し始めた。
つま先から頭にかけて、順番に体が透過していく。
石床を蹴飛ばし、助走をつけて青空へと大きく跳んだ。
「跳躍っ!!」
掛け声とともに強力な重力を感じ、世界が加速する。
光の尾をたなびかせ、リメアは5次元空間へと突入した。
より読みやすい形へ移行するため、本作品は「半精霊の私が万能エーテルの力を駆使しても、歪みきったディストピアの世直しは難しすぎるよ! ~星を司る精霊たちを片っ端から引っ叩く~」(https://ncode.syosetu.com/n4310mk/)へ統合致します。
現在の話数に到達した時点で、本作品は削除予定です。ご迷惑をおかけし申し訳ございません。




