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第28話 変わらないもの、変わったもの【インウィディア・旧王都】

「……少し、喋りすぎたな」


 ユグルタはティーポットから注ぎ足した茶をすすりながら苦笑する。

 リメアはゆっくりと首を横に振った。


「ううん。お話してくれてありがとう。それじゃあ、ディアナは……」


 そういいかけてリメアは言葉を飲み込む。

 ユグルタの目が、とても悲しそうに見えたからだった。


「未練がましい、と思っただろう。だが、私にだって譲れないことはあるのだ」

「そんなこと、ないよ。そんなこと言えないよ」


 リメアはそう言いながらユグルタがこれまで過ごしてきた日々に思いを馳せる。

 5年。

 それはリメアがアリシアと暮らした日々よりも遥かに長い。


(アリシアがいなくなっちゃった時、わたしはすごく不安だった。心配した。他のことを何も考えられなかった。それをこの人は、今までずっと耐えてきたんだ……)


 そう考えると胸が張り裂けそうだった。

 一体どれほど辛かっただろう、とユグルタを見る。

 彼は涙を流すでも、悲しみに暮れるでもなく、飲み干したティーカップの底をじっと眺めていた。

 そこには燃えるでも燻るでもなく、熱を失ってもまだ消えることのない残滓のような思いが感じられる。


(気持ちがなくなったわけじゃないんだ。おっきな思いをぎゅっと胸の奥に押し込んで、押し込んで、ほどけないほど固まっちゃったんだ……)


 掛ける言葉が思いつかず、リメアもユグルタと同じように俯く。


(ねぇ、リッキー。リッキーはどう思う?)


 リメアは心の中で友へと語りかける。


(ワタクシ、デスか? そうデスね……。お痛ましいと申しますか、ええと、なんと言えばいいでショウ……)

(ううん、そうじゃないの。そうじゃなくて、インウィディアについてだよ。なんでこんな酷いことをするんだろうって)

(ああ、そちらでしたカ。ムムム……そうデスね。英雄は規格外の力を持っていましタ。インウィディアにとって重要なエネルギー源、トカ。いえデスが、精霊は食事を不要としているハズ。いずれにしても何らかのメリットがなけれバあんなことはしないと思われマス)

(わたしもそう思う。魔王を倒された仕返しかな? あ、でもユグルタも昔魔王みたいな魔物を倒したんだっけ。でも攫われてないのはなんでだろう)

(確かに。聞いてみられてハ?)


 リメアはコクンとひとり頷き、顔を上げる。


「ねぇユグルタ、ユグルタは透明な魔物に襲われたことはないの?」

「ない。いっそ、襲ってくれればと何度も考えた。だが、奴は私を避けているのか、なぜか私の前には現れないのだ」

「なにが、違うんだろう……」


 リメアは呟きながら考え込む。

 するとアーヴィがソファから立ち上がり、ユグルタを見下ろしながら腕を組んだ。


「俺の中でひとつ気がかりなことがある。さっき話してた研究所とやらに、案内しろ」

「急だな。君は自分の言っていることがどういうことか分かっているのかね? ギルドの、いやこの星の最高機密だぞ。君たちへの信頼は厚いが、そうやすやすと全てを開示するわけにはいかない」

「じゃあなんだ。また次の魔王が現れて英雄を犠牲にしても構わないってことか?」

「違う。今回の戦いを踏まえて、対策を打つ」

「ハッタリだ。具体的な案を出してみろよ。爆薬でも、リメアでもどうにもならなかったんだぞ。お次は惑星破壊兵器でも肩にぶら下げてくるつもりか?」


 ユグルタは押し黙り、不服そうにアーヴィを睨みつける。

 リメアは突然険悪になったムードにやっとこさついていきながらふたりの顔を交互に見た。

 お互い口を開かず沈黙していたが、ユグルタの方は明確な返答をしないあたり、アーヴィの指摘は図星のようだった。

 フンと鼻を鳴らし、ユグルタも徐ろに立ち上がる。

 今度は背の高いユグルタがアーヴィを見下ろす番だった。


「すぐに許可はできない。だが、検討はさせてもらう。私はこれから議会がある。対策については追って連絡しよう」

「あーあー、嫌だね。でけえ組織ってのはよ」


 去り際、し間の扉に手をかけたユグルタは、横顔をリメアに向ける。


「それと、言い忘れていたが私はしばらく旧王都を留守にする」

「え、どっか行っちゃうの?」

「1月程度で戻る予定だ。マルギナリスと例の新しくできた森の件で権利関係の調印式がある」


 マルギナリス、と聞いてリメアはハッとした。


「あ……カリネの真珠……」


 カリネを治療するための真珠は、ロトンダと一緒に透明な魔物が連れ去ってしまった。

 しょぼくれるリメアを見たユグルタは、僅かに目を泳がせた後、咳払いをして付け足した。


「コホン。確か、本来の約束ではロトンダ君へ便宜を図るという条件も入っていたな。現在、彼女の遺言により薬舗はギルド管轄へと移譲された。マルギナリスに訪れた際、そのカリネという少女について、症状の確認と同時に治療法に関してもこちらで手を打とう」

「ほんと!? えっと、あのね! 蓄光アコヤっていう貝の真珠を使うの。ロトンダは自分の体に入れて同期? させないといけないって言ってた」

「分かった。担当部署へ伝えておこう」


 ユグルタは頷き、その場を後にした。


「チッ、なにかあってからじゃ遅ぇのによ。リメア、これからどうする?」


 舌打ちしながら尋ねてきたアーヴィに、リメアはうーんと考え込む。


「ちょっと、気持ちを整理したい……かも。ロトンダの薬屋さんもどうなったか心配だし」

「了解。俺はあいつの言っていた研究所を別ルートから探る」

「大人しくユグルタのこと待たないの?」

「俺がそんなのちんたら待つように見えるか? それにリメア、ユグルタの空気に飲まれすぎだ。気づいていたか? あいつ、窓辺に寄った時、指示を出してこの部屋をあの黒装束たちに包囲させてたんだぞ? 会話の流れ次第では消されてたかもな」

「え゛っ!? ぜんぜん気が付かなかった!」

「まあ、為政者ってのはそういうもんだ。ギリギリを攻めた俺を褒めてくれたっていいんだぜ? 冗談はさておき、んー……。頭の中にどうも引っかかってることがあんだが……うまく言葉にできねぇ」

「……?」

「まあ、思い出せたら伝えるさ。集合場所は朝、いつもの酒場で……って、リメアはあそこで構わねぇか? ほら、色々あっただろ」

「うん。大丈夫。パリオネのこと聞いて飛び出しちゃったとこだよね。騒いで迷惑かけちゃった店長さんにも謝りたいし、そこでいいよ」

「オーケー。じゃあ、また後でな」


 ふたりは執務室を出るとギルドのカウンターを抜け、本部の外へ出る。

 そこでアーヴィとは分かれた。


(久しぶりの自由時間だけど……蓄光アコヤを探してたときとは状況がすっかり変わっちゃった……)


 人もまばらなギルド前の広場を見て、リメアは小さくため息をこぼす。


(ほんの少し前には、ここでロトンダ話を冒険者の人たちと一緒に並んで聞いてたのに)


 パレードの装飾やあの頃の熱気はもう見る影もない。

 すっかり日常に戻ってしまった街を見回していれば、その変化の大きさも相まって気持ちはずーんと沈む。


「新聞、新聞だよ~」


 そんなリメアの目の前を、リメアと同じくらいの背格好の少年が荷車を引いて横切った。

 が、その少年は少し進んだところで足を止め、荷車を下ろすとリメアのもとへと駆け寄ってくる。


「あれ? もしかして……やっぱりそうだ、君、冒険者のディアだろ!?」

「え……そ、そうだけど、どうして知ってるの?」

「これだよ、これ!」


 少年は自前の新聞をリメアに見えるよう広げてみせた。

 そこには魔王討伐に関する速報が踊り、端の方にリメアについての記事も載せられていた。


「君について書かれた記事、おいらも読んだよ! まあ、色々大変だろうけど、応援してるぜ!」


 少年はリメアに新聞を握らせ、手を振り荷車へと戻る。


「こ、これいいの?」

「ああ、そいつはやるよ! まさか本物に会えるなんて。今日はついてる! よぉし、バンバン売るぞ~!」


 上機嫌になった新聞売りの少年は、ガタゴトと荷車を引いて行ってしまった。

 

「新聞なんてもらっても……」


 眉をハの字に曲げたリメアへ、リッキーが頭の中で語りかける。


「いいじゃありませんカ。タダで貰えたのデス。せっかくデスから、目を通してみてはイカがデスか?」

「うん……」


 あまり気が進まなかったが、リメアは歩きながら新聞を広げてみる。


「ええと、新進気鋭の新英雄ロトンダ、積岩の魔王を見事撃破、知略に満ちた作戦とその全貌を解説! ……そっか、ロトンダのこと、まだ公になってないんだ」

「そのようデスね……」

「こっちはもう、いいかな。うーんと、あ、こっちはわたしのことが書いてある。なになに……前英雄の意思を継ぐルーキー、後援に徹するも悔し涙、いつか英雄になれる日を誓って……え、なにこれ」

 

 旗を懸命に振るリメアと、ロトンダに手を握られて涙ぐむリメアの横顔が挿絵として描かれていた。


「う……嘘書かれてる!」

「想像以上に情報操作されちゃってマスね……」

「記録に残らないって、こういうことだったんだ……」


 リメアは新聞から顔を上げ、街道を眺め、去っていったアーヴィの背中を探した。

 もちろんもうその姿は見えず、通りは荷物を運ぶセクスタニルやおしゃべりする住民でごった返している。


「どうしたのデスか? リメア様」

「アーヴィに謝らなくちゃって思って」

「どうしてデス?」

「わたし、パリオネが亡くなったって話を酒場で聞いた時、どうしてもっと早く教えてくれなかったのって詰め寄っちゃった。でも、新聞がこんな感じじゃ、ホントのことなんて簡単に分かるわけないよね」

「確かに。捏造された話や歪曲された情報下で真実を見つけ出すのは非情に難しいハズです」

「何も分かってなかったんだな……わたし」

「そう落ち込むことはありまセン、リメア様。リメア様は今まさにそのことについて気づけたではありまセンか! 大、大、大躍進デス!」

「……ありがと、リッキー」


 とはいえ、これからどうしようかと考えてみたリメアだったが、もやもやした気持ちが邪魔をする。

 

「……気晴らしに、市場にでも行ってみようかな」


 リメアはこの街で一番活気溢れる、すり鉢状の市場に向かって歩き出した。

 

 この星の気候は基本的に乾燥気味だ。日差しが強く、日光にさらされているとジリジリ暑さを感じる

 雨が降ったあとは局所的に空気がしっとりしはじめ、それからしばらくの間は過ごしやすい。

 そしてひとつ目の太陽が沈み、ふたつ目の太陽の傾く夕方が近づけば、建物の影が濃くなると同時に涼しくなった街は活気づいていく。

 2日に1度しか訪れない夜はやや特別感があるように感じられた。

 そんな夕方を目前にし、街行く人々の顔色は明るい。

 多くの人とすれ違いながら、リメアは明瞭としない思考を抱えたまま、てくてく歩く。

 考えないといけないことはたくさんあるのに、脳がそれを拒否している感覚がどこかにあった。


「フェニスみたいに、インウィディアともお話できればよかったのにな」

「透明な魔物と会った時、お話できる気配はなかったのデスか?」

「うん。ちょっとだけ5次元空間も覗いてみたけど、精霊はいなかった。フェニスの時は3次元の結晶と重なるようにフェニスがいたんだけど、インウィディアは違うみたい」

「精霊にも個性がアル、ということでショウか?」

「うーん、そうかも。わたしとフェニスも全然違ったし……。インウィディアはお話できない精霊なのかな」

「どうでショウね。フェニスのように精霊とメルキオルが一緒になってこの星を管理していたとすれバ、会話ができてもおかしくなさそうデスが」

「あ、言われてみれば。でも、ユグルタの話だと、インウィディアは装置に入れられてたみたいだし……」

「ムムム……」


 リッキーと会話しているとはいえ、傍から見たらリメアがブツブツ独り言をしゃべっているようにしか見えない。

 入れ替わっていく前を行く人の背中を見ながら話に集中していると、市場の手前でどん、と強い衝撃を肩に受け尻餅をついた。


「あ痛て!」

「ご、ごめんなさい! 私ったらボーッとしてて……ああっ、服に……!」


 見れば、赤紫色の染みがリメアの白いワンピースに広がっていた。手元には飲み物が入っていたであろうカップが転がっている。

 遅れてひんやりとした感覚が脇腹から伝わってきた。


「どうしましょ……今手持ちがそんなになくて……。そうだ、家すぐそこだから、ついてきてもらえないかしら?」


 リメアは手を掴んで引き起こされる。

 服から顔を上げて相手の顔たところで、ハッとした。


「あなたは……」


 相手の顔に、見覚えがあった。

 私服で髪を下ろしていたのですぐに気づけなかったが、ギルド本部でパリオネの手を引いていった災害対策ギルドの受付嬢に違いない。

 たしか名前はラビカだったっけ、と思い出す。

 よほど焦っていたのか、ラビカはリメアに気づいておらず、どうしましょどうしましょと口ずさみながら先を急いでいる。

 彼女の家は本当に市場から目と鼻の先にあり、石造りの4階建ての3階にある一室へ案内された。

 

「本当にごめんなさい、これで拭いてみたら……うーん、やっぱりちょっと残るわね。代わりの服を用意するから、洗わせてもらって……」

「もう大丈夫だよ、これくらいの汚れなら」


 リメアは小さくなった染みを手で覆い隠す。

 手の内側でエーテルを操作し生地を再生成すれば、服は下の白さを取り戻した。

 ラビカは目を丸くする。


「えっ、どうやったの……? 手品……?」

「えっと、まあ、そんなとこ!」

「でも、服の下はベトベトでしょ?」

「それはそう」

「じゃあ、シャワールームを使って。さっき通ってきた廊下の右側よ。タオルは出たところに用意しておくから」

「え、いいの?」

「気にしないで。ほら、あっちよ」


 促されるままリメアはシャワーを浴び、体の汚れを落とした後でバスローブに着替える。

 ワンピースは更衣室の棚の上に、丁寧に畳んで置かれていた。


「ありがと! スッキリした!」

「本当にごめんなさいね。……あら?」


 ラビカは首を傾げると、リメアの顔をまじまじと見つめる。

 汚れの問題が解決したところで、冷静になったのか、ようやくリメアのことに気がついたようだった。

 

「あなた……どこかで私たち、会ったことがあるかしら……?」

「うん、あるよ!」

「待って、当てさせて。うーん、やっぱり、ギルド……よね?」

「そう! ちょうどその……パリオネがいて……」


 パリオネ、と聞いた瞬間、ラビカの表情に悲壮感が浮かび上がるも、すぐに笑顔を取り戻す。


「ああ、あの時ね。そっか、あなたがパリオネの言ってた、リメアちゃんね」

「パリオネが、わたしの話をしてたの?」

「ええ。あの子にしては珍しくたくさん喋ってたわ。ほら、あの子素だとネガティブ全開だから」

「うんうん! 普段とってもかっこいいのにね!」

「そうなのよ! あのギャップがたまんないっていうか、ほっとけないっていうか……!」


 更衣室で始まった立ち話はリビングテーブルへと主戦場を移し、共通の友人パリオネについての談義が始まった。

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