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第25話 旧王都の秘密【インウィディア・旧王都】

水曜日投稿できてませんでした! すみません……!

「昨日はよく、眠れただろうか?」

「……」

 

 ギルドマスター執務室のソファに深く腰掛けたまま、リメアは俯く。

 目元が赤く腫れていて、見える世界がほんのちょっぴり狭かった。

 隣にはアーヴィが頬杖をついたまま、そっぽを向いて座っている。


「……そうか」


 ユグルタは沈痛な面持ちで、静かにそう呟いた。

 窓の外では青空の下で何も知らない小鳥たちが楽しそうにさえずっている。

 3つ並んだティーカップは、すっかり冷めきっていた。


「すべて、こちら側の落ち度だ……。私達が森で君たちに合流した段階で、ロトンダが魔物の体内に閉じ込められて20分以上が経過していた。蘇生可能時間を大幅に超えていたのだ。なにより囚われていた時点で、彼女には苦しむ様子も首に手をやるチョークサインも確認できなかった。つまり、我々が気づいたときにはもう……」

「……」

「最後までロトンダを探そうとしてくれたリメア君の気持ちは痛いほどわかったが、あの時は止めるしかなかったのだ。君たちはできる限りのことをしてくれた。ギルドを代表して、礼を言う」


 リメアは両膝の上に乗せた手を、きゅっと握りしめる。

 城塞から旧王都へ帰還し、数日が過ぎていた。

 馬車の中でも、宿に戻ってからも、リメアはほとんど口を開いていない。

 なにか喋ろうとした瞬間に様々な記憶が押し寄せてきて、言葉がまとまらなかった。

 それは今も変わらない。

 黙りこくったリメアの代わりに、アーヴィが小さく吐息を漏らしながら会話を進める。

 

「で、あれは一体何なんだ。ありゃ、どう考えても異質だろ。普通の魔物とは別もんだ。透明な魔物はよ」


 ユグルタは少し考え込む仕草を見せたあとで、やや声を抑えながら話し始めた。


「今から話す内容は極秘に当たるものだ。先の戦いに参加してくれた、いや、参加を認めた時点で理解してもらえていると思っているが、あの魔物の存在自体、公にはなっていない」

「だろうな。城塞に一般の冒険者が見当たらなかった時点で察してる。解せないのは、なぜ俺たちの参加を認めたのか、だ。口が固く、戦力として優秀な冒険者は他にいるんじゃねえのか?」

「まずはそこから、か。理由は簡単だ。君も薄々感づいているのではないか? 私の容姿を見て、気づくことはないかね」

「……おいおい、まさか」


 アーヴィは僅かに身を乗り出し、目を見張る。

 リメアはようやく顔を上げ、ユグルタを改めて観察してみた。

 疲労がやや滲んだ目元に、白髪。ぴしっと整えられた制服に変わりはない。

 

「アーヴィ、どうしたの?」


 本意がわからず、アーヴィの顔を見る。

 アーヴィは引きつった笑いを浮かべたまま、自分の目を指さした。


「俺とこいつの瞳の色……似過ぎちゃいねぇか……?」

「……!」


 見比べてみると、ユグルタとアーヴィの瞳の赤は、互いをそのまま写したかのようだった。


「親子……!」

「違ぇよ! こいつもメルキオルの血を引いてるってことだ! 怪しいとは思ってたが、まさか本人から自白してくるなんてな」

「ふむ、それは同感だ。まさか、その名を再びこの耳で聞くことになるとは。王族は根絶やしにしたと思っていたのだが」

「根絶やしにって……嘘だろおい」


 アーヴィの頬を冷や汗が滑り落ちる。


「あんたいったいこのギルドを、いつから見てたんだ」

「ふ、いつからもなにも、このギルドを設立したのは私だよ」

「なっ!?」

「えっ!」


 驚きのあまりリメアはぴょんと跳ねた足をテーブルにぶつけてしまい、カップの中のハーブティが揺れる。

 だがその場にいた者は誰一人、そんな事を気にもとめていなかった。


「ギルドを設立した、だと? 100年以上前の話だぞ? 御者のおっさんは、遺伝子をいじったって言ってたが……確か、テロメアラーだっけか? あんたのそれは恐らくメルキオル由来……テロメアラーとは、違うんだよな?」

「ああ。一部の豪族や富裕層にはそのような長寿手術を施されたものもいる。それらは過去の戦争時に掘り返された、禁忌の科学技術だ。だが君の言う通り、私は生まれながらの不老を授かっている。王族の呪いだよ」

「ってことは、なんだ。あんた王族を、同族に手をかけたってことか?」

「奴らを同族と呼ぶのは片腹痛いが、客観的に見ればそうだろう」

「よく今までギルドの連中にバレなかったな。他の奴らは知ってるのか? ……いや、違う。ギルドの連中からしてみれば、ギルドマスターが年を取らないことは大した問題じゃねぇんだ……! テロメアラーの存在がカモフラージュになって……!」

「良く、頭が回るな。だが私が私と同じ瞳の色を持つメルキオル王族を、今でも憎んでいることには、思い至らなかったのかね?」

「……っ!」


 ユグルタの声が、一層低くなる。

 空気が途端にひりつき、ユグルタからは殺気が漏れ始める。


「ま、待て、落ち着け。俺は確かにメルキオル姓だが、この星の王族とは何ら関係がない!」

「……この星、だと?」

「ああ。信じられないかも知れないが、俺とこのリメアは、別の星からやってきたんだ」


 ピクリ、とユグルタの眉が動く。

 リメアはアーヴィに同意を求められ、ぶんぶんと首を縦に振った。


「そうだよ! わたしたち、星を渡る旅をしてるの!」

「……ふむ、なんのために?」

「友達との約束を果たすために!」

「精霊をぶっ倒すためだ!」


 ふたりの声がきれいに重なる。

 リメアはキッとアーヴィを睨みつけた。

 

「アーヴィ! 誤解されちゃうよ!」

「うるせ! 俺の目的はずっと変わってねぇ! 嘘ついたところで見逃すタマかよ、こいつが!」

「でも、もうちょっと言い方があるはずだよ!」

「ねえな。少なくとも俺の辞書にはない!」

「む~!」

 

 バチバチと向き合い火花を散らすリメアとアーヴィ。

 その様子を鋭い目つきで見守っていたユグルタは耐えかねたのか、珍しくも吹き出したのだった。


「ふふっ、まったく。私が圧をかける中で口喧嘩とは。愉快な子たちだ」

「何が!」

「おかしいの!」

「いや失礼。他の星から来た、というのはにわかに信じがたい話だが、君たちが王族にまつわるものだという疑いは取り下げよう。リメア君のレベルと強さの乖離もそれで説明がつく」


 ユグルタはひとしきり笑った後、ティーカップを手に取り中身をすすった。


「報酬として、すべて話すと約束していたな。……少し長い話になるが、構わないか?」

「うん!」

「ああ、洗いざらい喋ってくれ」


 リメアたちが頷くのを見届けると、ユグルタはゆっくりと語り始めた。


「私はメルキオル王族の王位継承者からは程遠く、しかも王族の父と召使いの母の間に生まれた子供だった。幼い頃より王族たちからは白い目で見られたもので、常に除け者にされていたよ。物心つく頃に母は宮殿を去り、私と共に王都の片隅でひっそりと暮らしていた」


 ユグルタはソファから立ち上がると、ゆっくりと歩を窓辺へと進める。

 ピカピカに磨かれたガラスに、遠くを見つめるようなユグルタの顔が映り込んでいた。

 

「やっと平穏な日々が訪れるかと思われたが、そんなことはなかった。宮殿の中では分からなかったが、民の王族に対する不満はかなり高まっていたのだ。高い税収、徴兵、危険な魔物狩りの強制。結局王族譲りの、この目の色が原因で街の子供達からも毎日手ひどく虐められたよ。私だけなら良かったものの、優しい母が私のせいで差別されている現場を目の当たりにした時、途方もなくやるせない気持ちになったものだった」

「ユグルタが、虐められてたなんて想像できない……」

「あのなあリメア。誰だって子供時代はあるんだぜ?」

「そんなの知ってるけど!」

「まあ、気持ちは分かる」


 ユグルタはチラとリメアたちを見て、一呼吸置いた後に続けた。

 

「いつしか私は自身と母を守れるようにと、武の道へのめり込むようになった。時が経ち、母が病に倒れ亡くなると、私は各地を放浪し武者修行に明け暮れた。王族の血のおかげか、青年の姿で成長は止まり、悠久の時間を鍛錬に当てることができた。多くの部族、多くの人々と交わり、いつしか、私の目標はこの国を正す方向へと向かっていったのだ」

「いよいよ反乱ってわけか……!」

「……アーヴィ、楽しそうだね」

「強大な権力に立ち向かう最高に熱い展開じゃねぇか。努力、謀反、革命! 男のロマンだろうが!」

「そ、そうなの……?」


 リメアが助けを求めるようにユグルタを見ると、引きつった苦笑が浮かんでいた。

 どうやらアーヴィのロマンが一般的ではないということを、リメアはその時知った。

 

「コホン。私は各地にできたつながりをもとに精鋭部隊を結成し、王都へと潜入した。長い事宮殿には戻っていなかったが、同じく長い時を生きる王族たちからしてみれば取るに足らない年月。私の赤い目と名前を言えば、特に疑われることもなく中へ通されたよ。大人になって改めて目の当たりにしたのは、腐敗、汚職、そして欲にまみれた王族の振る舞いだった。彼らはその汚れた行いを見せつけるかの如く、自慢げに披露していたな。帰還した私をちょうどいい小間使い程度にしか見ていなかったのだろう。仕事を求めれば要職からは程遠いものの、宮殿内の雑用程度の役職を与えられたよ。それが自らの破滅につながるとも知らずにな」

「王族の人たちって、悪い人たちだったんだね」

「はっ、腐った政治なんてだいたいそうなる。人類の歴史は繰り返されるってな」

「どうして?」

「アホだからだ」

「アホ……」


 満足気に頷くアーヴィを、リメアは白々しい目で見た。

 この大罪人、下手するとユグルタよりも大きな戦乱の中心にいたかもしれないのに、言葉の端々がどこか抜けている。

 リメアに合わせているにせよ、精神年齢が見た目に引っ張られているんじゃないか、とリメアはこっそり疑った。

 そんなやり取りをしている間に、ユグルタはソファに戻り浅く腰掛ける。

 その表情は今までより険しく、声も幾ぶん低くなっていた。

 

「王族がその権威を維持できていた理由。それはこの王都の地下に隠されていた。彼らはその特殊な血を鍵とし、宮殿地下に巨大な研究設備を隠し持っていたのだ。そこで研究されていたのは、この星では禁止されていたはずの科学文明。それを目の当たりにした時、私の決意は固まった。彼ら王族が一同に介し、盛大な宴を執り行う日を狙って、反乱を扇動したのだ。平和に胡座をかいていた王族たちを無力化するのは容易かったよ。管理していた武器も、警備も、すべてこちらで把握していたからな」


 リメアは思わずゴクリと喉を鳴らす。

 ユグルタの体から漏れ出す怒りと殺気に呑まれかけていた。

 それは隣のアーヴィも同じだった。

 軽口は影を潜め、組まれた両手に力がこもっている。

 ユグルタは薄ら笑いを浮かべながら続けた。

 

「王朝を打倒し、民衆は歓喜したよ。私はこの目の色があったため、政権の座につくことを拒否した。民衆の中から為政者が選ばれ、王都は旧王都ルベルシリウスと名を変えて統治されることとなった。

 これでやっと平和が訪れる。亡き母に恥じぬ行いができたと、そう、思い込んでいた」


 そう言い切ると、ユグルタから発せられる圧は霧散し、表情は悔しげに歪んでいた。


「だが、星は私を許してはくれなかった。全ては私のミスに端を発する。反乱の際、私は地下研究所へと押し入った。設備を無効化し、王族の研究員たちをも斬り伏せていく。そして研究施設を奥へ奥へと進んでいくと、厳重なセキュリティが施された部屋へとたどり着いた。研究者たちのいる管制室と分厚いガラスで隔てられた先には、見たこともない、青白く光る巨大なプールがあった」

「……っ!」


 アーヴィが身を固くしたのが伝わってくる。

 横顔はいつになく真剣で、その三白眼はユグルタではない、どこか遠くを睨んでいるようにも見えた。

 移ったのか、リメアもなんだか緊張してきて、手に汗が滲んでくる。

 ユグルタは両手で顔を覆い、深い溜め息をついた。

 

「……反乱に気がついた研究員たちと戦闘になった折、私はあろうことか、装置の一部を破壊してしまった。プールになみなみと湛えられていた水が、みるみるうちに干上がっていく。

 そこで私は見たのだ。ただの水だと思っていた液体が、重力に反して身を伸ばし、ガラス越しに私と対峙するその様を。言葉にできぬほど驚き、とっさに装置を見れば、そこには『精霊インウィディア制御装置』と銘が刻まれていた。改めてプールを見た際には、もう先程の液体は見る影もなくなっていた」


 精霊インウィディア、と名を聞いてリメアとアーヴィは同時に息を呑んだ。

 かつて戦った鎖と結晶の体を持つ精霊、フェニスの姿が脳裏をよぎる。

 あの桁外れな力を持つ存在が、ロトンダを連れ去った透明な魔物と重なった。

 

「彼らが何を研究していたのか、何をしようとしていたのかは、今でもわからない。だがその影響はすぐに訪れた。反乱成功の日から数日後、王都周辺にしか生息していなかった魔物が広い範囲で目撃されるようになり、巨大化、凶暴化した。地下水脈が乱れ、地層の断裂や地震が相次いだ。巷では王族の呪いだ、だの大地の怒りだ、などと言われていたが、私の頭には1つの事実しか浮かんでいなかった。あの、星の名を冠する水に似た透明な魔物を、私が解き放ってしまったせいだ、と」


 しばらくの間、部屋は沈黙に包まれた。

 リメア自身、完全に言葉を失っていた。

 あの城塞で、雨の中突然現れた魔物たち。それらと透明な魔物が関係していたと考えるとゾッとする。

 インウィディアという精霊は、どんな力を持っているのか。どれほどの影響力を持っているのか。

 そして、何が目的なのか。

 目に見えぬ恐怖を目の当たりにし、リメアは思わず身震いする。

 

「精霊インウィディア……! やっぱり、あいつがそうだったのか……!」


 アーヴィはギリ、と歯を食いしばる。

 肩を落とすユグルタを見れば、片マントの刺繍に目が行った。

 そこでリメアははたと気がつく。

 

「もしかして……その魔物を倒すために、ユグルタはギルドを作ったの?」


 リメアは核心をついたんじゃ、と思った。

 だが、ユグルタは目を泳がせた後、「いや、」と首を横に振る。

 

「ギルドを作ったのは、それからしばらく後のことだ。それも、かなり私的な理由なのだが……それも話さないとダメだろうか?」

「おっ、なんだ。言いづらいことでもあんのか? じゃあ話せ。すぐ話せ。そういうのが一番おもしれぇからな!」

「アーヴィ、性格悪い……」

「止めるなよリメア。約束は約束だ。ちゃんと話してもらわねぇと、精霊の対策も取れねえかんな」


 鼻息を荒くするアーヴィ。

 ユグルタはコホン、と咳払いし、言いづらそうに重い口を開いた。


「ひとりの……女性のためだ」


 その瞬間、アーヴィは拍子抜けしたかのように呆れ顔になると、どかっとソファへ身を投げる。

 対し、リメアは食らいつく。


「……それって、ユグルタの好きな人?」

「ああ……そうだな……」


 それを聞いた途端、心にさっと黒い影が差した。

 パリオネとロトンダの顔が瞼の裏に浮かぶ。

 ユグルタの狼狽えぶりからして、彼女らの思いを振り払った理由に他ならなかった。

 

「ケッ、あー興味失せた。リメア、話聞きたきゃ勝手に聞け。大事なところだけ要約して俺に伝えろ。他人の恋愛話が一番聞いてて辟易するからな」

「全部聞くって話だったのに。アーヴィの代わりに、わたしが聞くよ! ユグルタの話、ちゃんと最後まで聞かせて!」

「ま、まあ、手短に話させてもらうとしよう……。うむ……手短に話せるといいが……」


 リメアは姿勢を正して前のめりになる。

 この話はちゃんと聞いておかないといけない。

 なぜだかうまく言葉にできなかったが、そう強く感じたのだった。

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