第20話 積岩の魔王攻略戦3【インウィディア・南方平原】
「二連恒星! 二連、恒星っ!」
次から次へと襲ってくる魔物に対し、パリオネに教わった技を練習しながら進んでいく。
跳躍しようかとも考えたリメアだったが、着地時の衝撃に味方を巻き込んでしまう危険性があるため、できるだけ速度を落とさないよう陸上を爆走する。
「二連……あ、これ、普通にパンチしたほうが早い……かも」
途中で気がつく。
パリオネに教わったこの技は、相手の攻撃に合わせて体を捻り、裏拳を叩き込むいわばカウンター。
接敵する際、相手がこちらに気づいていない、もしくは身構えた状態に対しては普通に攻撃したほうが圧倒的に効率的だった。
更に付け加えると、リメアの攻撃力、耐久力は魔物たちの比ではない。
拳を振り抜けば大抵の魔物は一撃で倒せるし、攻撃を受けても尻餅をつく程度でかすり傷さえつかない。
なにせ、ドラゴンを一撃で鎮めることができたのだ。
あの時はつい飛び出してしまって戦いを見られてしまったが、どうしてこの技を教えてくれたのか分からない。
ただ、使い続ければなにかわかるかもしれない、と時折二連恒星を放ちながら土竜王のもとへと急いだ。
チラリ、とそびえ立つ岩の巨人を横目で見る。
注意を逸らすため、左右の陣から弓矢、投石での攻撃が続けられていた。
動き自体は緩慢なため、攻撃範囲は広くとも被害を出さず足止めに成功している。
だが、ダメージはまるで入っておらず、作戦通りの酸による攻撃を待つ必要があった。
(……それか、圧倒的なパワーで吹き飛ばしちゃう、とか)
リメアの頭に、自分がエーテルを駆使して本気で戦えば、という選択肢が浮かぶ。
だが、すぐにその考えを打ち消した。
(あのパレードでみんなはロトンダに、新しい英雄に手を振ってた。だからあの魔王は、みんなロトンダに倒して欲しいんだ。わたしじゃない。……もしわたしが魔王を倒して、英雄みたいになったとしても、いつかこの星を出ていっちゃう。そしたら、街の人はきっと困っちゃう。だから……!)
密集している魔物たちを力いっぱい蹴り飛ばす。
道が切り開かれ、小山かと見紛う土竜王と、鍔迫り合いする冒険者の剣がキラリと光って見えた。
しかし、すぐにその道は魔物の群れに塞がれる。
「わたしは、ロトンダやみんなのお手伝いをするんだ!」
蜘蛛足の魔物を振り回し、群れを一掃する。
土竜王と戦っていたメンバーを見て、リメアは思わず叫んだ。
「マッシモ! 助けに来たよっ!」
「おおっ! ディアか!」
マッシモはこちらに気づき、顔を綻ばせる。だが身に纏う鎧は傷だらけ。
パーティメンバーが土竜王に集中して戦えるよう、たったひとりで集まってくる魔物たちを引き受けていたのだと、リメアはすぐに分かった。
気が抜けたのか、よろめくマッシモ。
その背中めがけて、好機だとばかりに水牛の魔物が突進する。
「……っ! 危ないっ!」
この距離であれば問題ない。そう判断したリメアは体内のエーテルを活性化。
後ろ髪が白銀に染まり、虹色の粒子が周囲に舞う。
「跳躍っ!」
爆発的加速による短距離移動で、瞬時にマッシモと魔物の間に滑り込む。
だが、すでに大きく尖った両角が目と鼻の先へと迫っていた。
左右で形の異なる角は、リメアが片方を受け止めても、もう片方が背後のマッシモに届き得る。
(間に合え……っ!)
その瞬間、体が、自然に動いた。
伸ばした右腕は水牛の角に沿うようにするりと絡みつき、相手の力が肘、肩、腰へと伝わってくる。
まるで呼吸をするように体がひとりでに捻じれ、その回転は腰から下へも伝播していく。
鞭のようにしなる右腕が遠心力を最大化させ、水牛の頭蓋を撃ち抜いた。
「…………!」
パサリ、と広がっていた髪が1拍遅れて落ちてくる。
「た、助かった!」
腰を抜かすマッシモを横に、リメアは技を繰り出した格好で固まっていた。
伸ばしたままの腕には、ピリピリと今までにない感覚が残っている。
リメアは自分ではなった技の切れ味に驚きながら、拳を見つめた。
(パリオネが、双鼻猪の群れと戦ったときの動きに、近づいてる……! 脱力と、相手の力を活かした回転力が大事なんだ! ……でも、なんだろう)
ざわざわと胸元が騒いでいる。
(きっと、それだけじゃない。もっと大切な何かが、この技には必要なんだ……! さっきはたまたまそれが揃っていた……?)
続けざまにやってきた水牛魔物2体へ、連続で二連恒星を放ってみる。
破裂音と共に魔物たちは絶命する。
今までよりも威力、速度共に上がっているのは間違いない。
(でも違う……! 技の発生前にどこか無理してる感じがある……! さっきと、何が違う? さっきは、マッシモを守ろうとして……守ろうと……)
ぞくり、とうなじの毛が逆立った。
(もしかして……! だとしたら、この技は……!)
何かを掴みかけたと同時に、背後で乾いた金属音が響いた。
「剣がッ!」
振り返った瞬間、リメアの双眸は宙を舞う折れた剣を捉える。
「カイル! 避けろォォッ!!」
響き渡るマッシモの絶叫。
振り下ろされる、土竜王の鋭い爪。
気がつけば、リメアはその間に飛び込んでいた。
極限の集中により、世界がコマ送りのように見えるほど加速した意識の中で、視界の端に赤い髪を見た。
(……っ!)
それは過剰放出される脳内麻薬が見せた、幻だったのかも知れない。
だが、幻か現実かなんて、リメアにとってはもはやどうでもよかった。
ふわりと舞う赤毛に誘われ、体はひとりでに動きだす。
腕は脱力しているのに、心は、熱く燃えている。
(わたし、やっとわかったよ……! この技は、ただのカウンターじゃない……!)
髪の毛が作り出した大きな弧は、打点への最短距離を空に描いていた。
その軌跡を寸分違わずまるで師の動きを追いかけるように、シンクロさせていく。
(体を張って誰かをかばったその時、敵の力を借りて最小範囲で叩き出す最大火力……!)
空気との摩擦で皮膚が焼けるほどの加速。
拳が真空を纏った瞬間、誰かの腕がリメアの腕をそっと押してくれた、気がする。
(あなたが! ずっとそうしてきたように!)
脳裏で先程見たマッシモの鎧の傷と、パリオネの体についていた傷跡が、きれいに重なる。
(この技で誰かを守れるようにって、教えてくれたんだ……ッ!)
彼女の眩しい笑顔が、優しい微笑みが、感情の濁流を伴いシナプスを駆け巡る。
溢れる涙を振り切るように、拳が空間を切り裂いた。
「はぁぁぁぁああああッ!! 二連、恒星ッッ!!」
弾け飛ぶ茶色の毛で覆われた巨腕。
衝撃で折り飛ばされた長い4本の爪。
それらはブーメランのようにかっ飛び、戦場の魔物を一網打尽に刈り取った。
だが、リメアは止まらない。
エーテルの噴射で回転は更に加速。
腕にまとわりついた土竜の毛が燃え上がり、紅炎を帯びる。
「――追撃・流星!!」
炎は赤から青白く変化し、光の軌跡を描きながら土竜王の鼻っ面に着弾する。
衝撃波が巨大な土竜の体表を波打たせ、直後、液状化と同時に爆発四散させた。
(そうだよね……パリオネ……)
リメアは俯きながら腕を払い、残火を消す。
やがて汚泥のように濁った雨が、あたり一面に降り注ぐ。
「や、やりやがった! すごいぞ、ディア! ……ディア?」
両腕を広げて駆け寄ってきたマッシモに、リメアは慌てて目元を擦って顔を上げる。
まだ気持ちが追いついておらず、頬が引きつる。
それでも、できる限り口角を上げ、笑顔を無理やり作った。
「えへへ……ぶい」
胸元で作った小さなVサインを見たマッシモは、少し言葉に詰まった後で、リメアの方に腕を回す。
「助けてくれて礼を言う。ありがとう、ディア。いや、パリオネの1番弟子!」
「うん……うんっ!」
まだ、ちゃんとものにできたわけではない。
磨く余地はいくらでもある。
それでも受け継いだこの小さな種を、土から飛び出したばかりの小さな芽を、少しづつ育てていこう。
リメアは心のなかで、密かに誓ったのだった。
「全軍、撤退! 撤退ッ!」
騎馬部隊が、戦場を駆け抜けながら号令を飛ばしている。
気が抜けたのかぽけーっとしていたリメアの肩を、マッシモが叩く。
「さ、行くぞ。ディア。ここに留まれば、さっきの泥水とは比にならねぇもんをひっかぶるぞ」
「……あ、そっか! 土竜がいなくなれば……」
「ああ。投石機の一斉投擲がやってくるぞ! ……ほれっ!」
「わわっ!?」
リメアはマッシモにひょいと担がれ、空中に放り投げられる。
落ちる、と思った瞬間、背中から誰かにキャッチされた。
「かーっ、こんな軽い子があんな一撃を繰り出すなんて、信じられん! さっきは助かったぜ、嬢ちゃん!」
「あなたは……!」
それはリメアがつい先程助けた、カイルと呼ばれていた冒険者だった。
カイルはリメアを片腕に抱えたまま、手綱を握りしめ、馬もどきの腹を蹴る。
高らかに嘶いた馬もどきは、6本の足を器用に動かし走り出す。
「マッシモさんたち、置いて行っちゃっていいの?」
「問題ねぇ。あいつらはそのまま森へと移動し、塹壕に隠れる予定だからな。だが、予定していた人数より多くが右舷側に偏ってる。馬で動ける兵は中央部隊まで退却だ。嬢ちゃんはそのついでだよ」
「あ、ありがと!」
馬もどきは風を切り、魔物を避けて疾走する。
抱えられたまま戦場を改めて見ると、大部分の魔物が掃討されていたことに気がつく。
魔物たちの垣根を抜ける度に、並走する騎馬たちが増えていった。
やがてV字の陣を敷き、槍と大きな盾を備えた冒険者たちが見えてくる。
「あと少しだな!」
カイルは安堵混じりのため息を漏らす。
うん、と頷いたリメアたちの遥か頭上を、複数の物体が通過した。
「あれって!」
見上げれば、大樽が弧を描いて飛んでいる。
目で追いかけていくと、それはそのまま吸い込まれるように巨人の体へ落下した。
魔王の肩付近にヒットした大樽は割れ、強酸を周囲に撒き散らす。
赤土の表土からは白煙が上がり、岩の巨人は大きく身悶える。
2つ、3つ、と次々に投擲された大樽が立て続けに着弾。
中央部隊に合流しリメアが馬もどきから降りる頃には、魔王は全身くまなく酸を浴び、もうもうと立ち上る白煙に体の大部分が隠れてしまうほどだった。
ダメージは魔王だけに留まらない。
冒険者たちが撤退した戦場に取り残された魔物たちへ、飛び散った酸は容赦なく降り注いだ。
V字の陣に誘い込まれ、袋小路で折り返そうと足踏みしていた中核の魔物たちが1番の被害者である。
「あれ……?」
リメアは中央部隊で、とある人物の姿が見えずキョロキョロとあたりを見回す。
すると後ろから聞き覚えのある低い声。
「誰か、探しているのかね」
本陣で作戦を練っていたはずのユグルタだった。
「大層な活躍だったそうじゃないか」
「えへへ、まあ……はっ!?」
照れながら頭をかいていたリメアは、目を見開く。
ユグルタが肩に担いでいたのは他でもない、リメアが放棄したあの紋章旗だったからだ。
「どうか、したかね?」
「あわ、あわわ……! こ、このたびは、勝手に持ち場を離れてっ! すみませんでしたっ!」
あまりにも勢いよく頭を下げたせいで、リメアの黒髪がユグルタの腕をピシャリと叩く。
「あっ、これは! わざとじゃなくてっ!」
「ふふ、その様子を見るに、達者で何よりだ」
ユグルタは軽く頷きながらリメアに尋ねる。
「先程探していたのは、英雄のことかね?」
「は、はい! ロトンダ、どこかなって」
「ふ……、それならば、空を見上げているといい。もうそろそろだ」
「……?」
言われた通り、天を仰いでみるリメア。
傾きかけた太陽が、西の空をオレンジ色に染め始めている以外に、特段変わった様子はない。
「……どゆこと?」
そう呟いたその時だった。
何かが、頭上でキラリと輝いた。
鳥にしては、やや大きい。
リメアは不思議に思い、目を凝らす。
そして、大いに驚いた。
「ろ、ロトンダが、飛んでる!」
その叫びを合図に、周囲の人々も揃って顔を上げた。
どよめきが広がり、誰もが空を仰いで指をさし、手を叩いた。
「……フィナーレだ」
「えっ?」
そう呟いたユグルタの横顔は、静かな微笑みをたたえている。
まるで、勝利を完全に確信しているかのようだった。
その自信にどこか引っかかるものを感じつつ、リメアは再びロトンダを見上げる。
シルエットがグラデーションの茜空で翻り、続けざまに何かを空中で放り投げた。
それは銀色の液体が輝く、試験管。
「ロトンダが見せてくれた、ナノマシンだ!」
リメアは思わず歓声を上げる。
複数の試験管が魔王に直撃したかと思えば、白煙を纏っていた体躯全体へ、一斉に亀裂が走る。
ボロボロと動く度に崩れる巨岩の王。
そこへ追い打ちをかけるように、ロトンダ渾身の踵落としがその頭頂部へと炸裂した。
「やった――」
まるで映画のような展開に、手を握りしめるリメア。
だが、なにか様子がおかしいことをすぐに察知する。
踵落としが直撃した直後、ロトンダを中心に広がった波紋のような白い帯が、こちらへ向かってやってくる。
「耳を、塞いでいたほうがいいぞ」
「え゛」
慌てて耳をふさぐとほぼ同時に、大音量の爆発音が辺り一帯を覆い尽くした。
キーン、と耳鳴りが収まらぬ中、魔王が頭から地面に叩きつけられる。
再び衝撃波がやってきたが、すでに誰もが耳をふさいだあとだった。
自由落下していくロトンダ。
そのスラリとした足が、天に向かって持ち上げられていく。
(まさか……)
ゴクリとつばを飲み込むリメア。
多くの人々が予想した通り、次の衝撃はすぐにやってきた。
今度は伏した魔王をそのまま踏み潰したからか、地面が激しく揺れ動く。
(ロトンダ……やり過ぎ! 奇襲専門家の威力じゃないよこれ! ……そもそも、酸の必要あったのかな、ロトンダひとりで事足りたんじゃ……)
そんな思いが胸をよぎったリメアだったが、もう一度やってきた大地の揺れに、もはやそんなことはどうでも良くなってしまった。




