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第19話 積岩の魔王攻略戦2【インウィディア・南方平原】

「魔王襲来! 繰り返す、魔王襲来! 全員配置につけ!!」


 けたたましく鳴り響く鐘の音でリメアは飛び起きた。

 

「んあ!? 魔王どこ!?」

「起きたか。安心しろまだ予鈴だ。戦いはこれからだぜ」


 既に起き上がっていたアーヴィが準備運動をしていた。

 周囲は騒然としており、冒険者やギルド職員が行き交っている。

 本陣の周りにはテントが複数張られ、簡易的な野外病院、武器庫、司令本部が設営されていた。

 司令本部には指示を飛ばすユグルタの姿も見える。

 遥か遠方の防衛ラインへと目を凝らせば、眠る前には影も形もなかった投石機が3機も組み上がっていた。

 陣営から弾となる大樽が急ピッチで転がされていて、投石機のそばにどんどん積み上げられている。


「伝令! 誘導部隊の先頭が野営地に合流! 数刻以内に魔王軍本体が前線に到着予定!」


 赤服のギルド職員が各所で声を張り上げる。


「じゃあここで俺達は一旦別行動だな」


 アーヴィは肩を回しながら陣営のテントを眺めた。


「アーヴィは本陣でギルドの人達の支援だっけ」

「ああ。平たく言えば雑用だな。上層部近くの方が情報収集の効率がいい」

「……アーヴィらしいね……」

 

 目をギラつかせたアーヴィを残し、リメアは戦場に向かう馬車へと向かう。

 集まった冒険者たちはギルド職員の指示に従い、順番に乗り込んでいく。

 馬車の中は冒険者が6割、報道出版ギルド職員が2割、災害対策ギルドと白衣に身を包んだ医師ギルドの職員がそれぞれ1割といった具合。

 リメアはしきりにペンを走らせる灰色制服の職員が、多めに配置されていることに首を傾げる。

 

「……灰色の帽子の、記者さんたちなんだか多いね」

「ったりめぇよ。俺達の活躍をしっかり記録してもらわねぇとな。赤帽たちの作戦なんざ、大枠に過ぎねぇ。結局一番大事なのはいかに映える戦いができるかだ」


 冒険者の男は金メッキのラインが入った自身の鎧をコンコンと叩き、にやりと笑う。


「お医者さん少ない気がするけど、大丈夫かな」

「がっはっは、高速治癒持ちも多いからな。一旦後退して休憩すれば、奴らはまた戦える。普段の連携が物を言うからな、集団戦は」

「な、なるほど……」

 

 動き出す馬車の中、慣れない戦場にリメアの心臓は緊張で高鳴っていた。

 落ち着きなく隣に話しかけたり、周囲の様子をキョロキョロと伺う。

 隊列を組んでいた馬もどき馬車たちは、一台、また一台と別れていき陣の配置場所へと向かって行く。


「うわ、俺の青竜刀曲がってんじゃん……」

「来るまでにあんな揺れ方したからな。ほら、予備の武器使え」

「うーん、仕方ねぇなあ」


 そんな会話が飛び交う中、リメアは幌の取り払われた荷台から身を乗り出し南の方角へ目を凝らす。

 若草色の地平線に、微かだが土煙が見えた。


「魔王……!」


 思わずこぼしたひと言に、全員が反応する。

 誰もが口を閉じ、静かな闘志を燃やしていた。

 


「大きな旗だけど、大丈夫?」


 配置についたリメアはギルド職員から身の丈を超える旗を渡される。

 確かにリメアと同じくらいの身長の女の子にはやや厳しいであろう重さだった。


「うん平気! これで誘導部隊をこっちに呼んだ後、右と左の陣を見ながら、危なそうな時に旗を振れば良いんだね!」


 ギルド職員は両手で抱えていた旗を片手でひょいと持ち上げたリメアに驚きつつ頷く。

 すでに土煙はかなり近くまで迫っており、魔物の群れが地平線を埋め尽くす黒い斑点として誰の目にも明らかとなっていた。

 陣形は整えられ、各々が武器を構えて息を潜める。

 澄み切った青空の下で、リメアも身をかがめてじっと時を待つ。

 

(……っ! 地面が……!)


 旗についていた装飾の穂が、わずかに揺れていた。

 その揺れは徐々に大きくなっていく。

 リメアは柄を握りしめ、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 戦場に緊張が走る中、馬もどきを駆る冒険者たちの集団がこちらへ向かって疾走しているのがわかった。

 災害対策ギルドの職員が、リメアの背後で声を張り上げる。

 

「ディア! 旗を振れ!」

「はいっ!」


 リメアは打ち合わせ通り、天に旗を掲げて大きく振った。

 ポールがしなり、紋章旗は風をはらむ。

 

「誘導隊、そのまま陣を突っ切って走り抜けろ!」


 号令が響き渡った。

 誘導部隊の先頭は槍を頭上に掲げる。

 青天にきらりと輝いた穂先。

 リメアは袈裟懸けに力強く旗を振り抜いた。

 そのすぐ横を誘導隊たちの馬蹄が地面を耕しながら、次々と通り過ぎて行く。


「手前ぇら! 来るぞ! 陣を左右に展開しながら囲い込め!」


 角笛が鳴り響き、冒険者たちが雄叫びとともに一斉に走り出す。

 正面から迫るは、角が異様に発達した水牛型の魔物、蜘蛛の足と蛙の頭を持つ魔物、長い棘を纏ったトカゲのような魔物の群れ。

 長槍部隊はV字型の壁を作り、静かに守りを固めている。

 突如現れた槍を前に魔物の先陣は急制動をかけ、後続の魔物に踏み潰される。

 身軽で機動力のあるトカゲと蜘蛛足の魔物は槍の壁から逃れるように、折り返す形で左右へ広がった。

 だがそれを待ち構えていた遊撃隊の挟撃が、魔物の群れを蹂躙する。遊撃隊は馬もどきを駆る長手武器兵と白兵の混合部隊だ。

 高い機動力と敵の戦力に合わせた柔軟な対応で次々に魔物の首を刈っていく。

 一方、長槍の壁に到達した水牛の魔物たちは串刺しにされ、致命傷を受けたものから順に黒泥へ成り果てていた。

 本来であれば死体の山ができ、陣形の移動が必要となるこの作戦。

 しかし、魔石を残して死後消える魔物相手であれば話が別だった。

 おびただしい数の魔物の群れは、まるでミキサーにかけられたように、陣の中に吸い込まれていく。

 逃げ場など、どこにもなかった。


「す、すごい……!」


 リメアはあまりにも洗練された集団戦に舌を巻いた。

 最低限の打ち合わせだったにも関わらず、全ての冒険者が陣形を崩さぬよう踏ん張り、カバーし合い、魔物の軍勢を片っ端から削っていく。

 互いの厚い信頼と、熟練のチームワークがなせる技だった。

 さすが高レベル冒険者といったところで、それぞれがかなりの運動量だというのに、疲労の兆候さえ見られない。


「これ、もしかしてわたしが旗を振るタイミング、来ないんじゃ……」


 そう呟いたその時、地面が今までと異なるリズムで揺れ始める。


「なにか……来る!」


 ズン、と大きな地鳴りが右舷に轟く。

 めくれ上がる大地。

 空には荷馬車と馬もどきが舞っていた。


「……っ!」

 

 土の中から顔を出したのは巨大な土竜。

 半身を地上に出し、敵味方お構いなしに長い爪を振り回す。

 陣形に大きな穴が空いた。

 リメアは躊躇わず旗を持ち上げ、右側の空を切り裂く。

 スイッチの合図だった。


「右舷、第2陣出撃!」


 ギルド職員の号令と共に、馬もどきにしがみついた冒険者たちが陣の右側へと向かっていく。


「待てロトンダ! まだ動くな!!」


 背後の陣で何か揉めている。

 リメアが振り返ると、後方の中央部隊でロトンダがギルド職員たちに怒鳴り声を上げていた。


土竜王(モールキング)はドラゴンに次ぐ危険度よ! あの子たちには荷が重いわ!」

「ダメです! まだ動かないでください! 魔王の姿がまだ確認できていない!」


 災害対策ギルドの反論に、報道出版ギルド職員たちも口を揃える。

 

「そうです、現段階で英雄が動く筋書きにはなっていません! 最終局面までどうかご辛抱を!」


 ロトンダはキッと職員たちを睨みつけた。

 騒いでいた取り巻きたちは一斉に口を閉じる。

 

「……あんたたち、わかってるだろうね。本当にまずいと判断したら、あたいは飛び出すよ」


 腕を組み、苛立たしげにキセルの煙を吐き出すロトンダ。

 ギルド職員たちは一様にペコペコと頭を下げていた。

 そんな最中、今度は左舷で火柱が上がる。


双鼻猪(デュオナッソ)だ! 白兵下がれ!!」

「馬がやられた! 負傷者数名!」


 号令に慌てて旗を振るリメア。

 

「右舷被弾!」

「左舷武器が足りない! 徒手空拳では限界だ!」


 支援部隊と撤退する兵士たちが入り乱れていた。

 戦線はギリギリ維持されているものの、同時多発的なアクシデントは陣形に影響を出し始める。


「あたいは行くよ、そこをどきな!」


 旗を懸命に振る中、背後でロトンダが叫ぶ。

 だが、最悪のタイミングが重なる。

 

「魔王本体到着! 繰り返す、魔王本体到着!」


 混沌と化す戦場でひときわ大きな声が響き渡った。


(魔王!?)


 戦況へ釘付けになっていたリメアは、魔物の群れの中央へ目線を移し、息を呑む。

 赤土で覆われた岩の巨人が、四つん這いの姿勢からゆっくりと立ち上がろうとする、まさにその瞬間だった。

 魔王は振り子のように腕を振るうと、手の一部をこちらへ向かって投合する。

 巨大な質量がリメアたちの頭上を音もなく通過していく。


「……っ!」


 投げられた岩は、中央部隊を通り越し、更にその後方へと着弾した。

 衝撃波と地鳴りが1拍遅れてやってくる。


「後方支援部隊、被弾! 投石機、1機大破! 樽の酸が飛散、被害甚大! 繰り返す――!!」

 

 その攻撃が予想外であったことは火を見るよりも明らかだった。

 災害支援ギルド職員の一部は作戦を立て直すために本陣へ移動を開始。

 報道出版ギルドの職員たちは青ざめ、目に涙を浮かべながらペンを走らせている。

 指揮系統はすでに麻痺しており、どれだけ旗を振っても後援が来なかった。


「右側も左側も大変だよ! 早く助けに行かないと!」


 近くにいた冒険者へ訴えかけると、更に別の問題が浮上してきた。


「だ、ダメなんだ! 武器が……武器が枯渇してるんだ!」

「えぇっ!?」

「輸送で壊れた分を差し引いて、使える分のほとんどを前線に送り込んでいたんだ。だが、土竜王(モールキング)の攻撃で右舷の武器を積んだ馬車が……!」


 リメアの脳裏に、空を舞った馬車がよぎる。


「左舷の荷馬車も双鼻猪(デュオナッソ)の火炎に巻かれた。さっきからずっと壊れかけの武器で凌いでいるんだ!」

「そんな……!」


 冒険者の男はかぶりを振る。

 

「確かに準備期間不足は否めない。だが、今回の魔王軍は異常だ! 今まで魔王が大型魔物を連れて来ることなんてなかった!」

「ど、どうしたらいいの!?」

「どうもこうも、俺達の地力でなんとかするしかない!」


 男はひん曲がった青龍刀を片手に駆け出した。

 リメアはその背中を見送ったまま、呆然と立ち尽くす。

 背後でロトンダが金切り声を上げた。

 

「他の投石機は何をしてるの!? 魔王は目の前よ!」


(そうだ、投石機は1機だけじゃなかったはず! どうしてまだ動かないの……!?)


 そんな疑問が浮かんだ直後、災害対策ギルドの職員が馬もどきに乗って前線へと帰ってきた。


「大変まずい状況です! 射程を土竜王(モールキング)が塞いでて、投石機を使用できません! 万が一土竜王(モールキング)に大樽をはたき落とされでもしたら、付近の冒険者はおろか、中央部隊まで酸を被ってしまう可能性が!」

「だからあの時あたいが前に出ていれば……っ! だからって、手をこまねいてたらまた魔王の岩が飛んでくるよ!」

「そのとおりです! ですのでロトンダ様は早急に魔王討伐作戦決行を!」


 懇願するギルド職員に、今度はロトンダが焦りの表情を見せた。


「ちょっと、本気で言ってるの!? あたいは奇襲専門よ? ナノマシン溶液はあくまで効果の増幅用! 投石機の攻撃がないとあの巨人のつま先しか溶かせやしない! 先に土竜王(モールキング)を叩かなきゃ、どうもこうもないよ!」

「いけません! ロトンダ様は最後の砦! 筋書き的にも魔王戦以外で負傷されてしまっては困ります! 土竜王(モールキング)は左舷陣の一部を崩し、対処に当たらせますので、魔王討伐のご準備を!」

「そんな悠長なことを言ってる場合!?」


 混沌と化す戦場で、誰もがパニックに陥りかけていた。

 その中でひとり、リメアは目を見開きながら浅い呼吸を繰り返す。

 振り返れば、泥沼の戦いが繰り広げられている。

 持っていた旗が手から滑り落ち、足元でガラン、と音を鳴らした。


「ねぇ」


 戦場を見つめたまま、リメアは近くでずっとペンを走らせていた報道出版ギルドの職員に声を掛ける。


「な、なんでしょうか!?」


 鼻水と涙でグシャグシャになった職員が、顔を上げた。

 

「わたし、今から戦おうと思うの。だめかな?」


 職員はハッとしながらも、首を横に振る。


「わ、私に冒険者の戦闘を指示する権限はありません。ですが、本戦闘におけるディア様の役割は、旗による後方支援……です。それはご年齢や立場を考慮したギルド本部の決定事項……。ですからっ……仮にディア様が……命を賭して戦ったとしても……!」

「……戦ったとしても?」

「私は……その全てを……ッ! き、記録に残すことができません……ッ!」


 ギルド職員は俯き、歯の間から声を絞り出す。

 その様子からは、非戦闘員の彼がどれほどの覚悟、使命、重い責任、そして冒険者への深い敬意を携えて今ここに立っているのかが、伺い知れた。


「……そっか」


 リメアは職員の言葉を受け取ると、心のなかで繰り返す。


(記録に残すことができない……か……)


 一度目を閉じ、肺の中の息を全部吐き出した。

 暗闇の中で、問いかける。

 今、何をすべきか。

 自分は、どうしたいのか。

 アリシアだったら、パリオネだったら、どうするのかを。

 そして目を見開き、明確な決意とともに言い放つ。

 

「いいよ。誰にも知られなくったって、いい! わたしが今戦わなかったら、わたしの大事な友達は、きっと悲しむ! そして何より……わたしが、わたし自身が、誰かを守りたいから!」

「ディア様……! すみません、私が、私が不甲斐なくてすみません……ッ!」

「気にしないで! じゃあ、行ってくる!」


 リメアは踵を返し、ロトンダたちのもとへ駆け寄る。


「ディア……!」


 ロトンダは走ってきたリメアの目を見て、すべてを悟ったようだった。


「……やるんだね?」

「うん、あのモグラを、わたしが倒す」

「無茶は、ダメよ?」

「わかってる」

「……ほんと、肝が座ってるね。パリオネの弟子ってのはちょいと疑ってたけど、訂正させてもらう。だから……頼んだよ」

「うんっ!」


 隣で口をあんぐりと開けた災害対策ギルドの職員が制止する前に、リメアは走り出した。

 黒髪が揺れ、背中を叩く。

 貯蓄したエーテルは十分。

 パリオネに教わった技もある。

 あまり良く覚えてはいないが、フェニスと対峙したときに比べれば屁でもない。

 身を低くし空気抵抗を極限まで減らした少女は、目にも留まらぬ速度で魔石の散らばる平野を疾走する。

 眼前に、水牛の魔物が飛び出してきた。

 凄まじい勢いで迫り来る大きな2本角。

 リメアはフッと小さく息を吐き、足へと力を込める。

 大地が爆ぜ、振り抜いた手には魔石が握られていた。

 後方で水牛の魔物が四散する。

 直後側面から、牙。

 トカゲの魔物が大口を開けている。

 が、その顔面はどろりと溶けて液状となり、リメアの体に降り掛かった。

 投擲した先程の魔石はトカゲの胴体を貫き、後方の魔物の頭を吹き飛ばす。


「今行くから……!」


 向かうは、暴れ狂う土竜王(モールキング)

 救助対象は、魔物に囲まれ陣から孤立した遊撃部隊。

 飛びかかってきた新手の魔物に、リメアは静かに拳を固めた。

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