第18話 積岩の魔王攻略戦1【インウィディア・南方平原】
「どわわわわっ! すごい揺れ!」
リメアを含む総勢200名を超える馬車隊は土煙を上げて街道を爆走していた。
大きめの車輪とサスペンションが搭載された荷車とはいえ、舗装されていない道を高速で走ればひどい揺れは覚悟しなければならない。
聞いてはいたものの、その揺れっぷりは想像を絶していた。
熟練の冒険者らしき男が、アドバイスを授けてくる。
「嬢ちゃん、明日は決戦だ。プロの冒険者たるもの、どんな状況でも寝られなけりゃやっていけねぇ」
「ななな、なるほどどど!」
舌を噛みそうになりながらリメアは頷く。
「他の奴らを見てみろよ、ほら、明日の戦いに備えて、みんな体を休めて――」
「いてっ! お前今俺の頭蹴っただろ!」
「うおっあぶねっ、誰の青竜刀だ? 刃が鞘から飛び出してんぞ!」
「舌噛んじまった! いへぇ!」
「ああっ、新調した防具がもうベコベコだ!」
アドバイスをしていた男は凄惨な車内を見渡し言葉を失うばかりか、大きくはねた勢いで頭を強くぶつけて気絶する。
「おいおい、これ到着する前に半分生きてるかわからねぇぞ」
手すりにしがみついたアーヴィはブラックジョークを言ったつもりのようだが、決して冗談では流せない状況だった。
リメアは気絶した男の肩をゆすり、頬をペチペチ叩く。
「おじさん、起きて! 外に放り出されちゃうよ!」
「はっ! 着いたか!? 敵はどこだ?」
「このイカれた速度だよ、オッサン!」
ガタン、と馬車がまた大きく揺れる。
「ったた、いかんいかん、ついうたた寝していたか」
「いや、オッサンはさっきガッツリ気絶してたぜ。……しかし乗り心地最悪にも程があるぜ」
「まあ、無理はない。こんなに早く魔王が現れたのは初めてだ。っとと。この荷馬車だって、キャラバンの大量輸送用の荷台を徹夜で改造したと聞いた」
「文字通り突貫工事ってやつか」
「す、座ることもできないよ~!」
こんな具合で荷馬車は一切速度を緩めることなく、パレードの遅れを取り戻すがごとく丸1日走り抜いた。
1つ目の太陽が沈み、目的の野営地にたどり着くと大勢の乗員が雪崩のように荷馬車から転がり出る。
既に30名近い負傷者を抱える、とんでもない行軍だった。
レベルのおかげか、傷を負ったのは非戦闘員ばかりだったのはせめてもの救いだ。
聞けば、普通の馬車なら3日かかる距離を1日で走ったとのこと。
ここまで走った馬もどきは明日の戦いに挑むには疲弊しすぎているため、既に野営地に準備されていた馬もどきたちと交代していく。
食事も用意されていたが、シェイクされ続けた乗員たちはほとんどが台地の上にへたり込んでいた。
「アーヴィ、大丈夫だった?」
「なんとかな。リメアはどうだ?」
「最初はびっくりしたけど、しばらくしたら慣れたよ! 星を渡るときのタキオンの川に比べたら全然へっちゃら!」
「……願わくばそんな川下りは絶対に経験したくないぜ」
「安心してアーヴィ。アーヴィは5次元空間入れないでしょ」
「まあな。ブラックホールで粉々になる程度だな」
「そっちのほうがきついと思うんだけど……」
談笑しているとギルド職員が毛布を持って回ってくる。
受け取った毛布を地べたに広げると、中にはアイマスクが包まれていた。
周囲を見回すとすでに多くの冒険者たちが横になっており、いびきをかき始めているものまでいた。
「すごい、ほんとにどこでも寝られるんだあの人たち……!」
「そりゃそうだ。軍人ってのはそういうもんだからな。ふぁぁ。俺も寝るぜ」
「うお、アーヴィまでいつの間に……!」
既にアイマスクをした少年は毛布にくるまってミノムシのように丸まっていた。
リメアもいそいそと準備をしてアイマスクをする。
だが、いびきがいたるところから聞こえてくる上に、遠くで調理する音や匂い、アイマスクの隙間から差し込む光で全く眠れる気配がしない。
にも関わらず、アーヴィはあっという間に隣で寝息を立て始める。
(嘘ぉ! 寝るの早いよ! えぇ!? どうしてみんなこんな状況で寝られるの!?)
ひとつしかないとはいえ、ジリジリと照りつける太陽が毛布越しにリメアの体を暖める。
(あ、暑い……。これ、早く寝ないと寝られないやつだ……!)
だが寝よう寝ようと頭の中で念じれば念じるほど、目は冴えていく。
(だ、ダメだ……。一旦起きよう……)
リメアはムクリと起き上がると、アイマスクを外す。
気持ちよさそうに寝ているアーヴィを見て、なんだか敗北したような気持ちになった。
(く、くやしい……)
リメアは毛布を畳んでその上にアイマスクを置き、周囲を散策することにした。
配給を行っているギルド職員たちに近づき、食事のメニューを尋ねてみる。
「ご飯って、なにがあるの?」
「パン粥と、ホットミルクだよ」
「野菜のスープとかってあるかな?」
「ははは、ここは旧王都のレストランじゃないんだから、そんなものはないよ。でもパン粥があれば十分だろ? 冒険者の野営食はほとんどがパン粥か豆の煮物だって聞くが」
「そうなんだ……。じゃあ、ホットミルクをもらってもいい?」
「もちろん。ほら、どうぞ」
コップに注がれたミルクをどこで飲もうかと見回していると、テントの下で座っていたロトンダと目があってしまった。
ロトンダはこちらに気がつくと、ちょいちょいと手招きしてくる。
(み、見つかっちゃった……!)
リメアは渋々とテントの方へと向かい、ロトンダがぽんぽんと叩いた隣に否応なしに座らせられた。
「な、なんでしょうか……?」
「ん? いや別に。暇だったから呼んだだけなんだけど」
「そ、そっか……」
リメアは胸を撫で下ろす。
てっきり、今朝のドラゴンの件を追求されるものだとばかり思っていた。
「あたいが出した課題、結構経つけどどう? 蓄光アコヤは見つかった?」
「うっ……。見つかったのは見つかったけど、真珠が全然入ってなくて……」
ロトンダはきょとんとした顔を見せた後、背を反らして笑い出す。
「あっはっはっは、あんたすごいね。あれから真面目にずっと貝探ししてたのかい?」
「そ、そうだけど……」
「てっきり貝すら見つけられずに音を上げたかと思ってたよ。ちょっと見直したわ」
「え! わたしが見つけられないだろうって思ってあの話したの!?」
「うん。した」
「ひ、ひどい!」
「ま、あたいなりの客の見極めよ。大抵諦めるか泣きついてくるかだね。その反応次第でどうするか考えてた」
リメアはぷくっと頬を膨らませる。
「諦めてないもん! ……でも、全然見つからなくて、ちょっと難しかったかも」
「そりゃそうよ。そんなホイホイ素材が集まったら商売上がったりだわ。蓄光アコヤの分布は代々企業秘密よ。まあ万が一あんたが見つけてきたら、どこで手に入ったか聞き出してこっそりリストに加えようと思ってたけど」
「や、やっぱりずるい!」
リメアが体を揺らすと、手元のミルクがこぼれかけた。
「わわ、あちち!」
カップを持ち直すと、ロトンダが覗き込んできてしかめっ面になる。
「……うぇ、あんたそのミルク飲むんだ?」
「どゆこと? ロトンダは飲まないの?」
「嫌よ、それ、臭いじゃない。あたいは苦手」
「え、そうなの? うーん、大丈夫そうだけど……」
くんくんと匂いを嗅いでみるリメア。
牧草の香りと、馬もどきに似た臭いが甘いミルクに包まれているような匂い。
ちょっとクセがあるものの、口に入れるのを拒むほどではない。
その様子を見ていたロトンダは両腕を抱きぶるっと身震いする。
「あんたってもしかして鼻悪い? 無理無理。獣臭いじゃない」
「うん、それはわかってるけど……。でも、そこまで悪くないっていうか」
リメアは小首を傾げながら、カップを傾ける。
飲み口は意外とあっさりしていて、鼻腔を甘みと草の香りが抜けていく。
「おっ、行った行った。……あら、本当に飲めるんだ。面白くないわね」
「んー、まあまあかなぁ? 結構おいしいよ? 前に食べたことあるんだけど、口に入れる度に味が変わって、一気に食べたら舌がしびれてすっごく苦くてうえってなる料理よりは全然マシだと思う!」
「え怖……。何その料理……」
フェニス主律星の監獄食。今でもあの時感じた味はリメアのボーダーラインとして機能していた。
話を聞いたロトンダは眉間にシワを寄せ、ドン引きしている様子。
その姿を見て、リメアは意外に思った。
「このミルクもそうだけど、ロトンダにも苦手なことってあるんだね!」
「当たり前じゃない。むしろ苦手なことだらけよ」
「例えば?」
「うーんとね。人付き合いでしょ、そのミルクみたいな臭いの強い食材でしょ、あとは……そうね、自分のことしか考えてない人とか」
「あー、ちょっぴりわかるかも! うえってなる料理を出してきた人もそんな感じだったなぁ……」
ついこの前経験したフェニスの冒険が、すでにこの宇宙では90年前の出来事だという事実が信じられなかった。
監獄長はもう代替わりしてるかもしれない。そもそもフェニスとアリシアが頑張って、監獄のあり方や星の制度自体を大きく変えてしまっているかもしれない。
そんなことをミルクをすすりながらぼんやりと考えた。
「なによ、あたいが目の前にいるってのに、考え事?」
ほっぺをツンツンとつつかれて、リメアは我に返った。
「う、うん、ちょっとね! そういえば、ロトンダは他の人みたいに寝なくても平気なの?」
「あー、うん。まあね。レベルが上った影響なのか、なんだかあんまり疲れを感じないのよ。変よね」
「ね、眠れなくても、目を閉じてるだけでいいって、アリシ……ううん、友達から教わったよ!」
「あんた、あたしを誰だと思ってんの? 確かにあんたが見たのは薬屋のきれいなお姉さんかも知れないけど、昔はバリバリ冒険者やってたのよこう見えて」
「じ、自分で言うんだ……」
「えぇ? なにか言いたいことでもありそうな口ぶりだね?」
「な、ないです!」
じろっとロトンダに睨まれて、リメアはひぃと震え上がった。
しばらく間見つめてきたかと思えば、突然風船が割れたかのように笑い出す。
「あっはっは、冗談よ、冗談。あんたを見てると弟や妹たちを思い出すわ」
「ロトンダ弟と妹がいるんだ!」
「…………いた、ってのがより正確かね。ま、色々あってもうどうでも良くなったんだけど。でもふとした時に思い出すのよ。あたいがいなくても元気にやってるかなって」
ロトンダは片膝を抱えて遠くを見つめ、物憂げな表情を浮かべた。
「あのパレードを見て、どう思っただろうね……」
その言葉にはロトンダにしかわからない、なにか複雑な感情と思いが込められているようだった。
先程まですごく近くで話していたのに、急に目の前で境界線を引かれたような、そんな感覚。
だが同時に、ロトンダという人物にリメアは強く惹かれたのだった。
「馬車の中でのことは、あんたが可愛かったからからかってみたくなっただけさ。気にしちゃいないよ。あんたも本当に困ったことがあったら、いつでもあたいを頼っていいんだよ。慣れてるからね」
そう言うとロトンダは膝に頬杖をつきながらリメアの頭を撫でる。
触れられる度、背中まで伸びた黒髪が優しく揺れた。
リメアはじっとそれを許しながら、心のなかに浮かんだ小さな、本当に小さな違和感へと手を伸ばす。
(もしかしたら、変なこと言うなって思われるかもしれない。なんでそんなこと聞くのって返されるかもしれない。きっと、返されたらうまく答えられない。でも、どうしてだろう)
リメアは顔を上げる。
(聞かないと、いけない気がする)
そして、ん、と小首をかしげるロトンダへ、手繰り寄せた違和感を言葉に変えていく。
「その……えっと………。ろ、ロトンダは、本当に困ったとき、誰に頼るの……?」
切れ長の細い目が、徐々に大きく見開かれていく。
リメアの頭を撫でていた手が、すっと引かれる。
ロトンダの固まった表情にはただの驚きだけではなく、体の一部を抉られたような、痛みに似た感情が薄皮1枚隔てて揺れているようだった。
慌ててリメアは付け加える。
「も、もし嫌じゃなかったら、ロトンダが本当に困った時は、わたしを、頼っても大丈夫だから……!」
ワンピースの胸元にあるヤシの刺繍を、緩く握りしめた拳でトン、と叩く。
たったこれだけのことを言うだけなのに、ロトンダ相手だとひどく勇気が必要だった。
まるで、彼女が引いた境界線に大きく踏み込むような感覚。
そのことが良いことなのか、悪いことなのかリメアにはわからない。
ただ、今言わなければその機会は永遠に失われてしまうような気がしてならなかった。
「あたいが……本当に困ったとき……ね。ふふっ。大抵のことを乗り越えてきたから、そうそう困るようなことはないと思うけど。ただ……もしそんなときが来るとするなら、お願いしたいものだね」
ロトンダは怒ることもからかうこともせず、ただ目を細めてニッコリと笑う。
リメアもホッとして、つい笑顔になった。
コップのミルクはもう随分冷めてしまっていたので、ぐいと飲み干す。
「…………じゃ、じゃあ行くね! 魔王と戦う時はよろしくね!」
他では決して使うことがないであろう別れ文句を告げて、テントを後にする。
(ミルク飲んだからかな? なんだかちょっとふわふわしてきたかも。今なら寝られるかな?)
リメアは音を立てないように抜き足差し足でアーヴィの元へと戻ると、再び毛布を広げてアイマスクを被る。
(あ、なんだか今度は眠れそう……)
リメアは手のひらを重ねて枕にし、体を丸めて横になる。
じんわりと体が温まっていくのを感じながら、ゆっくりと意識は遠のいていった。




