第17話 出陣式典【インウィディア・旧王都】
竜胆色に染まった空をまばゆい朝日が焼き尽くす。
ギルド本部前の広場に、総勢108人の冒険者たちが集結していた。
各々が背に、腰に、腕に、それぞれの得物を携え整列している。
まだ温まりきっていない朝もやの中で白い息を吐きながら、皆一言も喋らず静かにその時を待っていた。
その最前列にリメアとアーヴィも並んでいた。
リメアはアーヴィの脇腹をつんつんと突き、ヒソヒソ声で喋りかける。
「出発まだかな?」
「落ち着けリメア。もうじき始まる」
「……なんで分かるの?」
「始まらねぇとこのまま昼になるからだ」
「ぶー、理由になってない!」
「ほら、来たぞ」
アーヴィに肘鉄をくらい、リメアはピンと背筋を伸ばす。
掲げられた松明の火が揺れ、ギルド本部の大扉が音を立てて開いていく。
中からは片マントをはためかせたユグルタと、付き従うようにローブに身を包んだ人物が現れる。
(女の人……?)
腰つきや歩き方から、リメアはローブの人物が女性であると直感する。
ユグルタは冒険者たちを前にして立ち止まり、ゆっくりと見回し徐ろに口を開いた。
「よくこれほどまで集まってくれた。皆の協力にギルドを代表する立場として、深く感謝する」
ユグルタは軽く頭を下げる。
全員が注視する中、顔を上げたユグルタの顔つきは鋭く、先ほどと打って変わって威厳と覇気をまとっていた。
「知っての通り新たな魔王が現れた。発生場所はここより南の地、サクスムスピナ近郊。現在周辺集落のギルド支部の協力を得て、旧王都へ向けて誘導中だ」
周囲に緊張が走る。
同時に戦いを前にした音のない熱気が、広場に充満していく。
ユグルタは頷き、左手を挙げて背後へと合図を送る。
「この度の遠征には、報道出版ギルドより総勢30名の記者を派遣することとなった。命が最優先なのはもちろんだが、安心して活躍して欲しい。彼らはそのすべてを記録し、拡散された情報は諸君の今後の活動を支えると約束する」
するとギルド本部より灰色の制服に身を包んだ集団が現れた。
動きやすさを重視してか、全員軽装で腰には筆記具やメモ帳などをぶら下げている。
「今回魔王の発生が突発的だったことを受け、順序が逆になってしまったが、諸君には民衆に先んじて新たな英雄を紹介しよう」
ユグルタは1歩身を引き、ローブの女性を前へと促す。
女性はやけに静かな足取りで前進すると、深く被ったフードを取り払った。
「えっ!?」
「なっ!?」
リメアとアーヴィに衝撃が走った。
風に揺らぐブルネットの前髪。
澄んだ切れ長の蒼い目が最前列のリメアたちを捉え、わずかに細くなる。
「紹介にあずかった、ロトンダだ。短い付き合いになると思うが、よろしく頼む」
紅の引かれた唇が、ニヤリと歪む。
冒険者たちはざわついた。
「ロトンダだと……? 随分昔に冒険者を引退したって聞いてたが……」
「街外れで薬屋やってる、あのロトンダか?」
「お前、昔あいつと一緒に仕事したことなかったか? レベルどれくらいだった?」
「いや、前組んだ時は確かAランクの冒険者で、レベルもそんなに高かった記憶は……」
ロトンダはやや苛ついた様子で腕を組むと、ため息混じりに声を張り上げる。
「ステータス、オープン! ほらどうだ。これでいいかい?」
するとロトンダの正面に半透明なウィンドウが現れ、999の文字が反転して表示される。
報道出版ギルドのひとりが前に出て、全員が見えるように記録用紙を大きく掲げた。
「報告します。こちらのロトンダ・ヴェログランデ様は、開拓村マルギナリスギルドにて5年ぶりにレベル測定を行いレベル上限到達を確認。新たな英雄として正式な認可を本日付けで発行済です」
どよめきが広がる。
誰もが首を傾げたり、隣と顔を見合わせたりと信じられない様子だった。
「チッ、その家名出すなって言ったってのに……」
対象的にロトンダは舌打ちをしながら懐からキセルを取り出し、マッチで火を付けるとふぅと紫煙をくゆらせる。
「文句があるならそこのお偉いさんに言いつけな。あたいだって寝耳に水だったんだ。まさかこんなことになるなんて夢にも思っちゃいなかったよ。けどね――」
凛とした声が広場を支配する。
啖呵を切ったロトンダはもう一度キセルを吸い、煙を吐き出した。
ざわついていた冒険者たちは口を閉じ、彼女の次の言葉を待ち続ける。
「やるからには、徹底的にやるよ。それが仕事ってもんだろう?」
チリン、とロトンダのイヤリングが涼やかな音を鳴らした。
切れ長の目が群衆を射抜く。
異議を唱えるものはひとりもいなかった。
それどころか、彼女の一声で浮ついていた冒険者たちの襟が正されたと言っても過言ではない。
皆の表情がロトンダの「仕事」というワードひとつで統率されたかのようだった。
「……というわけだ。既に足は人数分用意してある。各自準備を整え次第、乗り込んでくれ。おっと、いい忘れていたが、此度の遠征は新英雄発表のセレモニーも兼ねている。旧王都を出るまでは、幌は取り払ったままだ。パレードの最中は存分に顔を売ってくれたまえ」
おお、と冒険者たちは色めきだった。
「なんか、すごいね……!」
リメアは興奮しながらアーヴィを見た。
だが当の本人はしてやられた、というような表情を浮かべながら額を手で覆っている。
「あの野郎……こういうことか……。クソ、完全に盲点だったぜ……」
「……? どしたの?」
「いや、こっちの話だ。ったく、面白ぇ話って……ただのゴシップじゃねぇかよ。使えるかこんな情報……!」
メラメラとアーヴィの瞳の中で怒りの炎が燃えている。
(なんか、触れないほうが良さそうな雰囲気……)
リメアが苦笑いを浮かべていると、バタバタと灰色の制服たちが集まってきてあっという間に取り囲まれた。
「ディアさんですよね? 前英雄パリオネの弟子って本当ですか!?」
「師匠の意思を継ぐために遠征へ参加したとのことですが、心境は?」
「魔王討伐への意気込みと前英雄へのメッセージを頂けませんか!?」
「わわ、なに? なに!?」
面食らったリメアの前で、報道出版ギルドの面々が少しでも近くで話を聞こうと押し合っている。
「はっはっは、人気者だな、ディア」
背後から聞き覚えのある声がしたので振り返ると、そこにはマッシモが立っていた。
「まあ、有名税みたいなもんだ。前英雄の弟子って肩書はストーリー性があるからな。どう転がっても今後の冒険者活動にとってプラスにしかならねぇだろうよ。ま、適当に答えてやんな」
「え、えぇ~!」
正面に顔を戻すと、キラキラした目を揃えて記者たちがこちらを見つめている。
「が、がんばります!」
リメアは上目遣いで、両手の拳を胸の前で握り締めた。
「ああっ、そのポーズ最高だよ! いやっ、こっちを見なくて大丈夫! そのまま動かないで……!」
別の記者がリメアを見ながら筆を走らせ、絵を描き始める。
「え、えと、これいつまで……?」
「あと少し、少しだけでいいから……!」
「おい、先にインタビューしてたの俺達だぞ!」
「そうだそうだ、そんなの馬車の中でやれよ! こっちは出発前にしか聞けない、の生の声を取材してんだよ!」
誰もがリメアそっちのけで闘いを繰り広げていた。
「あ、アーヴィ~!」
助けを求めるも、アーヴィはあくびをしながらその場を離れていく。
「ほどほどに頑張れよ。応援してるぜ」
「て、適当なこと言ってる!」
旧王都を出るまでの間、隊列を組んだ馬車は市民の盛大な拍手と歓声、色とりどりの紙吹雪を受けながらゆっくりと進んでいった。
遠距離を走るためか、馬車を引く馬もどきは前に見たものよりもひと回り大きい。
馬も馬車も、色とりどりの花やテープで全面が飾られていた。
リメアはというと、他の冒険者たちとは別枠ということで、ロトンダと同じ馬車に乗せられていた。
広々とした荷車にはお立ち台があり、そこに2人して立たされている。
ニコニコと笑顔を振りまくロトンダに対し、リメアはガチガチに緊張しながらカクカクとロボットのように手を振った。
「ったく、面倒ったらありゃしないよ。こういうのは柄じゃないってのに」
「ろ、ロトンダ、顔と言ってることが一致してない……」
「はっ、こんな仮面のひとつやふたつ、あの家に生まれたら嫌でも身につくってものよ。そんなあんたは、人前に出るの苦手なの?」
「と、得意か苦手かで言えば、に、苦手かも……!」
「まあ、聞くまでもないわね。目に映る顔を全部芋かなんかだと思えばいいのよ」
「芋……芋……! ねぇロトンダ、わたしどうしてお芋に手を振ってるの……!?」
「……緊張しすぎておかしくなっちまったのかい? そこまで芋にこだわる必要ないわ。例えよ、例え」
そんな会話を続けながら、なんとか旧王都の外までたどり着く。
お立ち台を降りる頃にはリメアは既にクタクタになっていた。
ロトンダは慣れているのかどこ吹く風、さっさと身に纏う装飾付きのローブを脱ぎ捨てて、薬屋で見た薄紫色のチュニック姿へと戻る。
「ロトンダ様、ディア様。これから馬車は速度を上げるため、幌を張らせていただきます。その間、此度の遠征における作戦を伝達させていただきます」
停車していたリメア達の馬車に乗り込んできたのは、赤い制服に身を包んだギルド職員。
災害対策ギルドの人だ、とリメアは口の中で呟いた。
「現在、魔王と魔王の引き連れた魔物の群れは、各地の冒険者ギルドの協力によりまっすぐ北上中。できるだけ引き付け、旧王都南の空白地帯へと誘い込みます」
ギルド職員が広げた地図には、広大な平原に丸印が付けられている。
「冒険者各位は西と東に分かれ、鶴翼の陣で魔王軍を迎え撃ちます。地形も林が陣の背側に配置されており、徐々に狭まる形です。うまくいけばこの挟撃で魔物を一網打尽にできるかと。中央にロトンダ様と高ランクパーティを配置し、側面の部隊は魔王の進行方向に対し後方にスライドしながら魔物の群れを削ります」
赤く描かれた魔王を、青い絵の具でVの字に描かれた冒険者たちが迎え撃つさまをギルド職員が地図に追記した。
「なるほどねぇ。あたいはいつもどおり戦えばいいのかい?」
「はい。ロトンダ様が隠密に長け、背後からの奇襲が得意だということは全隊に通達済みです。ですので中央部隊は大柄な耐久に秀でた面々を採用しています。ロトンダ様は軍勢を受け止めた彼らの周囲で、自由に遊撃頂けるかと」
「ふぅん。で、魔王の情報は?」
「はい、魔王の形状は大岩を纏った巨人との連絡が来ております。並大抵の剣や槍での攻撃はほぼ不可能とのことです」
「……手強そうね」
「ええ。ですから、事前に災害対策ギルド側で対策を練っておきました。御覧ください」
ギルド職員に促され背後を見ると、撤去されたお立ち台の代わりに大樽が次々と運び込まれていく。
「岩の巨人の外殻は発生したサクスムスピナの土壌由来です。あそこの土地は地中に多くのボーキサイト、つまり高濃度のアルミニウムを含みます。射程圏内に入り次第、陣の背後から投石機で酸性の薬剤を樽ごと投擲します」
「へぇ……準備いいじゃない」
「す、すごい作戦……!」
リメアも思わず舌を巻く。
これほど組織だった戦闘は生まれて初めてで、まるで映画を見ているかのようだった。
「だったら、あたいの戦い方と相性がいい」
ロトンダはチュニックの下からガラスの試験管を取り出した。
コルクで栓をされた試験管には、銀色の液体が揺れている。
「それって?」
「ふふ、これはね、言わば動く触媒さ。あたいが得意なのは奇襲と足技、そして毒。少量の毒でも、この子達が反応を加速させると同時に皮膚に穴まで開けてくれるから、どでかい魔物もイチコロよ」
リメアはそれを聞いてロトンダが薬師で、ナノマシン技師だったことを思い出す。
「うわぁ、なんだかすっごく強そう……」
「強いわよ。人なんかあっという間に溶けちゃうんだから」
「うぇ!? た、試したことあるの!?」
「ふふ、どうかしら?」
ロトンダは妖艶な笑みを浮かべる。
ギルド職員はロトンダの話をメモにまとめ終わると、リメアの方へと顔を向ける。
「さて、お次はディア様についてです。此度の戦闘において、ディア様はサポートに回っていただきます。陣形の背後と投石機の間で待機し、必要に応じて旗で信号を送ってください」
「ふむふむ!」
リメアは頷く。
だが、ギルド職員はそのままニッコリと微笑むだけだった。
「あれ? それだけ?」
「ええ、それだけです」
「わたし、戦わないの?」
「ええ、後方支援がお仕事です」
「旗を振ったら、どうなるの?」
「投石機周辺に控えている部隊が、前線で戦っている部隊と交代し、戦線を押し戻します」
「わ、わたし戦えるよ?」
「ええ。存じております。ですが、戦う必要はありません。ディア様はまだレベルも低く、未成年だと見受けられますので」
「わたしのレベル知ってるの!? いつの間に……」
「内緒ですが、ギルド本部の床は一度踏み入れるだけで職員サイドでレベルが確認できる仕様でして。お陰で修理は表に出せませんが非常に高額でした」
「うぐっ!」
ギルド本部の床破壊のことを言われると、リメアも反論はできなかった。
「あんた、結構やってんのね」
ケラケラとロトンダが隣で笑う。
「うぅ、この前ドラゴンだって倒せたのに……」
そう呟くと、ロトンダの表情が突然曇った。
「えぇ? あんただったのかい? 最近あんな中途半端な場所でドラゴン倒したのは」
「えっ? た、多分そう……だと思うけど」
はぁ、とロトンダは大きなため息をつく。
「あんな辺鄙なところに森られちゃ、ありがた迷惑だよ……。新芽は薬になるから森林管理ギルドに地図を貰いに行って、驚いたのなんのって。お陰で店を閉めて出張する羽目になったばかりか、ついでで寄った田舎村で英雄認定されちまうし、もう踏んだり蹴ったりだよ」
「え、えぇ……。そんなことが……」
「それもこれも、あんたが始めたことだったなんてね。はぁ、薬の代金、今からでも倍にして、新しく雇う従業員の手当にでもしようかね?」
「あ、あはは……。ぎ、ギルド職員さん、さっきの説明だとわたしの乗る馬車って、多分別の馬車だよね?」
苦し紛れに尋ねると、ギルド職員は状況を察したのか、コクコクと頷く。
「え、ええ。ディア様は中央部隊よりやや前線よりの部隊と一緒に動いてもらったほうが、作戦的にも理にかなってますね……」
「わ、わかった! じゃあわたし、そっちの人たちと合流してくる! ロトンダ、またね!」
リメアはそう告げると振り返ることなくロトンダの馬車を飛び降りる。
背後に鋭い視線を感じ身震いをしながら、足早に別の馬車へと逃げ込むのだった。




