表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/51

第16話 密会2【インウィディア・旧王都】

 2つ目の太陽が傾き、建物の影が長く伸びた頃。

 アーヴィは旧王都のはずれ、キャラバンの宿泊テントの外で腕を組み、ひたすら誰かを待ち続けていた。


「すまない、遅くなった」


 現れたのはマルギナリスで会った、細身の行商人だった。

 名をビリーと言い、あれからアーヴィは何度かキャラバンの商人を通じて彼と連絡を取り合っていた。


「構わない。ここで話すか?」

「いや、人目が多い。行きつけの酒場がある」


 ふたりはキャラバンの宿泊地からやや離れた、寂れた街の一角へと向かった。

 路地裏から半地下に降りた先には、8人ほどが座れるカウンターのみを設けた静かなバーがあった。


「奥、使っていいか」


 ビリーは口ひげを生やしたマスターに尋ねると、男は静かに頷く。

 鼻歌を歌うビリーについて行き、カウンター奥の扉を開いて階段を更に下っていく。

 地下の扉を開きビリーが壁際に手を伸ばすとカチッと音が鳴り、照明が点いた。


「驚いたな。ここは電気が通っているのか」

「ああ。建物の屋上に風力発電と蓄電池が備え付けてある。すげぇだろ、色々と揃ってるぜ。……ほとんど修理中だがな」


 見れば、映画のプロジェクター、ゲームの筐体、ビリヤード台に麻雀卓など、旧世代の娯楽設備が雑多に広がっている。


「存在は聞いたことあるが、現存してるとは思わなかった。こういうのを嫌う奴らがほとんどだろ?」

「まあな。だがいくら俺達のご先祖が自然主義コロニー出身ったって、人それぞれだろ?」

 

 アーヴィは薄く埃の積もったラジオを手に取り、背面を見つめる。


「こんな年代物、どこから拾ってきたんだか」

「マスターの趣味さ。宇宙船の遺跡や闇市から拾ってきては修理してる」


 コンコン、と扉を叩く音が聞こえ、アーヴィが振り返ると不機嫌そうな顔をしたマスターがジョッキを2つ抱えてこちらを睨んでいた。

 目線をたどると、その先にはアーヴィが抱えたラジオに行き着く。


「あ、ああ、悪ぃ」


 アーヴィがラジオを元の場所へそっと戻すと、マスターはフンと鼻を鳴らしてジョッキをビリヤード台の上に置いて去っていった。


「怒らせると怖ぇぞ。まあなにはともあれだ。乾杯」

「かんぱ……って、俺のはミルクじゃねぇか」

「はっ、ガキにはちょうどいいだろ。大人ぶってんじゃねぇよ」

「チッ」


 アーヴィは舌打ちしながらジョッキを打ち鳴らし、ミルクを乾いた喉に流し込んだ。

 むっとした甘い香りと青臭さが競り上がってくる。

 

「うえ、なんだこのミルク……」

「珍しいな、セクスタニルの乳が苦手な奴は」

「なんだその生き物は」

「その辺走り回ってるだろ。まあ牝馬はだいたい小屋の中だが」

「まさかあの6本足の」

「そのまさかだが」

「よりにもよってあいつらの乳かよ……」

「意外と癖になるぜ。そんなことよりだ。今回は何が聞きたいんだ、お客様?」

「気色悪い声出すな。旧王都とあいつ……ユグルタとか言ったな。ギルドマスターについての情報が欲しい」


 それを聞いた瞬間、ビリーは冗談まじりの笑顔から一気に真顔になる。


「……あまり深追いすると痛い目見るぜ」

「承知の上だ。じゃなけりゃこんな周りくどいことはしない。ったく、街の情報屋はツラを揃えてダンマリだ。連絡を取るのも名前を割るのも大変だったんだぞ」

「お前、バカか?」


 ビリーは酒をあおりながらアーヴィをたしなめた。


「旧王都でギルド関連はパンドラの箱だ。頭のネジが外れたやつぐらいしかそんな情報扱ってねぇよ。仮に情報持ってたとしても、そいつはギルド側だ」

「合点がいったぜ。情報統制されてたか」

「当たり前だ。奴ら表向きは民衆に迎合して自然主義を貫いてるが、説明がつかねぇオーパーツを複数所持してやがる。レベル管理の水晶や魔王出現観測システムが最たる例だ」

「……確かに、地下水脈観測システムとかなんとか言ってたな……」

「あーあー! 聞きたくねぇし知りたくもねぇ。奴らの技術関係は一番触れたくねぇ話題だ」

「じゃあお前も、あのいけすかねぇギルドマスターに関しての情報は厳しいか」


 アーヴィがそう言ってため息をつくと、ビリーはジョッキを置いてアーヴィの肩に手を回す。


「まあ待てよ兄弟。厳しいのは確かだ。それもかなりな。……察しのいい兄弟ならわかるだろ? 知ってんだぜ、最近羽振りがいいらしいじゃねぇか、ええ? 金貨10枚」

「……ったく、足元見やがってこのゲス野郎」

「ゲスでもクソでも好きなように呼んでくれて構わねぇぜ、お客様?」

「わーったよ、クソゲス野郎」

「毎度あり」


 ビリーはジョッキに残った酒を飲み干し、上機嫌な鼻歌交じりにビリヤードの球を集めだす。


「十中八九、奴はテロメアラーだ」

「……なんだそれは」

「寿命に関連する遺伝子をいじった奴らの俗称さ。自然主義者の隅にもおけねぇが、金持ち連中はこぞって施術してるって噂は絶えねぇ。顔さえ変えりゃ、何世代にもわたって権力を維持できる」

「証拠は?」

「ねぇよんなもん。だが、ギルドマスターの代替わりが起きても、魔王討伐関連の指揮が乱れたことは歴史上一度もねぇ。ギルドの公表もやたら静かだ。不自然なほどにな」

「……」

「まあ、あとは眉唾みてぇな話だが、ギルド本部のクエストリストの中に、何百年も前から残ってる未解決のクエストがあるらしい」

「ほう。内容は?」

「人探しだ。行方不明の女を探して欲しいというクエストで、それがギルドマスターのコレだって噂だよ」

「……聞いて損した気分なんだが」

「だから先に言っただろ、眉唾みてぇな話だって。そもそも未解決クエストはギルド職員が管理してる。出所すら定かじゃねぇんだ」

「金貨10枚でそんな情報よく出せたな。プライドとかねぇのかよ」


 悪態をつきながらアーヴィはジョッキを持ち上げようとして、中身を思い出し元に戻した。

 ビリーは集めた球を綺麗に並べ、キューを構える。

 ビリヤード台にはアーヴィのジョッキが置かれたままになっていたので、ビリーは目で退けろと指示するが、アーヴィはそれを無視する。

 ややイラついたビリーが鼻を鳴らし、構えを解いてキューの柄で床を叩いた。


「欲張りは身を滅ぼすぜ。今出した情報だけでも結構綱渡りしたつもりだ。……まあ、いい。じゃあこうしよう。最近仕入れた面白ぇ話を耳に入れてやるよ」

「ギルド関連か?」

「んー、ギルド関連とも言えるし、旧王都関連とも言える。安心しろ、追加料金は取らねぇよ。久しぶりに旧王都へ帰ってきたんだ。ここじゃ娯楽、女、酒に困らねぇ。その上軍資金を提供してくれるご親切なお得意様が目の前にいる。つまり俺は今、最高に機嫌がいいってことだ」


 アーヴィは盛大なため息を埃っぽい床に吐き捨てて、ジョッキを持ち上げる。

 ビリーは眉を上げてニコリと笑うと、キューボールに狙いをつけ、勢いよく弾いた。

 三角形に並んだエイトボールが四方八方へと散る。1と7のボールがホールに落ち、ビリーがヒュウと口笛を吹いた。


「旧王都のとある権力者の令嬢の話だ」

「つまらん話だったら承知しねぇぞ」


 アーヴィはジョッキを地下室入り口近くのショーケースの上に置き、代わりに立てかけてあったキューを拾い上げる。


「まあ聞け。その令嬢はお転婆でな。家督を継ぐ立場だったが、冒険者になりたいと言って聞かなかった。親族は反対したが、結局は押し通されてギルドの書類に判を押すことになる。まあ元から家族仲はそれほど良くなかったってのが風の噂だ。よくある話さ。事業や権力維持が最優先で子供がその分散先ってな」

「その話、長いのか?」


 ビリーはぴくりと眉を動かしたが、集中してキューボールを再び叩く。

 だが弾いた球は残念ながらホールには落ちなかった。

 

「そっちの番だ。大人しく聞いてろ」

「チッ」


 アーヴィは白い球に狙いを定めて構えを取る。

 その姿は背丈が足りていないものの、堂に入ったクローズドスタンスだった。

 ビリーは目を丸くする。


「お前、ビリヤードやったことあるのか?」

「……さあな」


 甲高い音と共に直進した球は、綺麗に連鎖し台は2つのボールを飲み込んだ。

 赤目の少年は澄ました顔を上げる。


「続けろよ」


 ビリーは舌打ちをしながら、話を続けた。


「手広く事業を買ったり売ったりしていると、変なおまけが付いてくることがある。この権力者も例に漏れず、できるだけ遠ざけておきたい事業を1つ抱えていた。歳を食って役に立たない年寄りを親族の中からその事業に割り当てていたらしい。で、その年寄りが亡くなった時に、評判を落とす事業も精算しようって腹づもりだったそうだ。だが、いざその年寄りがおっ死ぬと、放浪していた令嬢が舞い戻ってきて、その事業を受け継ぐなんて言い出した」

「へぇ、変わった奴だな」

「ハッ、その令嬢もお前さんには言われたくないだろうぜ。こんな酒場で球突いてるガキなんかにな」


 ターンはアーヴィとビリーの間を行き来し、次第にボールの数も減っていく。

 点差はビリーがやや優勢だった。


「揉めに揉めたそうだぜ。権力者からしたらたまったもんじゃない。だが冒険者稼業でそこそこのレベルもあったからか、誰もその令嬢を説得することができなかった。その結果、親族からは除け者扱い、受け継いだ事業の店舗には毎日のように嫌がらせが続いたそうだ」

「陰湿だな。いかにもそういう類の奴らが好みそうなやり方だ」

「違いねぇ。結局は金が動いて解決したみてえだ。令嬢は冒険者稼業で蓄えた分をドブに捨て、権力者一族と縁を切りましたとさ、めでたしめでたし」


 ビリーは最後の球を残し、アーヴィにターンを譲る。

 対し台の上には4つの球。位置は良いとは言えず、ビリーの球がキューボールの行く手を阻んでいた。


「おいおい、それで終わりか? 一体何の話だったんだ? そもそもそいつの名前や事業って何なんだよ」

「おっ、知りたいのか?」

「違う。その話は本当にギルドや旧王都に関係しているのかって話だ。聞いてりゃ、宇宙どころかその辺の街にいくらでも転がってそうな話じゃねえか」

「いいや、結構面白い話だぜ。旧王都にしばらく居りゃ、この情報だけでまあまあな金が手に入るくらい、需要がある」

「はぁ? だからどこの有名人だって聞いてんだよそいつは」

「まだ、有名じゃねぇ」

「……どういうことだ?」

「そのうちわかるさ」


 ビリーはくっくっと笑いながら、アーヴィに早く打つよう促した。

 アーヴィは苛立ちを隠さずに球を撃ち抜く。

 キューボールはビリーの球を避けてカーブを描き、背後の球を弾き飛ばす。

 背後の球は残った2つの球へとぶつかると、ゆっくりと転がりサイドポケットへ消えていく。

 やや遅れて、残りの2つの球もコーナーポケットに転がり落ちた。


「俺の勝ちだ。話せよ」

「いや、俺の勝ちだ。ラストショットに3つ同時インは縁起が悪いってことで禁止されてんだよ」

「聞いてねぇぞそんなローカルルールは」

「そもそも、ルールなんて一度も聞いてねぇお前が悪い。残念だったな。ほら、後ろのミルク飲めよ」

「このっ……誰がこんな臭ぇミルクなんざ……!」


 キューを手放し身を乗り出したアーヴィだったが、肩を背後から掴まれて動きを止める。

 振り返れば、バーのマスターが額に青筋を走らせ仁王立ちしていた。


「……誰の店のミルクが臭ぇと? こちとら毎朝搾りたてだが?」


 沈黙が流れる。

 相手は2人。

 細身のビリーはともかく、バーのマスターは防犯上の理由からか筋骨隆々だった。

 明らかに分が悪いと察したアーヴィは、渋々ミルクを飲み干し、懐から金貨をきっちり10枚、ビリヤード台に投げ捨てる。


「クソッ、覚えてろよ」


 去ろうとしたところで、バーのマスターが再びアーヴィの肩を掴む。


「おい、いちいち肩を掴むな痛ぇんだよ」

「ミルク代とビリヤード代、金貨1枚」

「あ? んなのそこの枝みてぇな男に払ってもらえ」


 やり取りを聞いていたビリーは肩をすくめる。


「あー、言い忘れてたが、ここの場代は、ゲームで負けた奴が払うルールなんだ」

「……クソがッ! ミルクとゲームに金貨1枚なんざぼったくりすぎだろ!」

「骨董品だからな。諦めろ」


 アーヴィは考えつく悪態を繰り返しながら、金貨を2枚追加で放り投げその場を後にした。

 外に出ると、すでに日は沈んで夜空には星がきらめいている。

 ギルド指定の宿屋に帰る途中、夜風で頭を冷やしながらアーヴィは考える。


(テロメアラー、か。以前パリオネと旅をした時の怪しい御者も遺伝子を弄ってるって言ってたな……。メルキオルの血縁は考えすぎか……?)


 口を覆うように手を当て、歩く速度を緩める。


(いや、まだ確定したわけでもない。警戒を怠るな)


 そう自分に言い聞かせながらも、頼みの綱だった信頼できる情報屋の話が雲を掴むような内容だったことに歯噛みする。


(結局、周りから当たれる情報はこんなもんか。あとは直接聞くしかないが、ユグルタがどれだけ口を割るのかは未知数……と)


 はぁ、とため息を吐きつつ、後ろ頭に手を組む。


(しかし、あの最後の話、何だったんだ? わけがわからねぇ。なぜ奴はあんな話をしたんだ……?)


 歩きながら思案するも、答えは出ない。

 計11枚の金貨を失った少年は、いつになく肩を落として宿に戻るのだった。

 翌日に、魔王討伐遠征を控えて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ